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僕は3ヶ月に一度全てを水に流し、そのホコリを示す。

3月、6月、9月、12月。

視界の片隅で赤いランプが点滅している。この豪邸に住みはじめて7年も経過すると、僕の軀もその体内時計の正確さを増してきて、そろそろ点滅するだろお前?と見上げる回数が多くなる。

僕はこの家と同期している気分になる。

一体どうしてこんなにも正確に刻めるのだろうか。3ヶ月で変わらずに赤い点滅をする。3年目を越えたくらいだろうか。むしろ僕の方から点滅を待ち望んでいる自分を発見した時は赤い点滅にこちらからウインクをしたものだった。

この豪邸には、リビング、トイレ、洗面所に24時間換気の小型換気扇が付いている。それぞれが片隅でそっと回転している。休まず回転をしていて、きっちり3ヶ月を経過するとフィルター清掃ランプが点灯し、回転を休ませてくれと赤い点滅で教えてくれるのだ。

住み始めた当初、僕はこの清掃が大嫌いだった。脚立を持ち出し、カバーから外し、ファンまで外す。僅か3ヶ月で溜まる豪邸の埃は信じられないほどに多く、そこに誇りを持ったくらいだった。

だが、除菌シートで外せない部分を拭き取り、外した部品を中性洗剤で洗い、白いカバーがより白さを取り戻し、生まれ変わる願いを込めてリセット作業をし、再びファンが産声を上げて回転し出すとその誇らしい姿にどうしても、

『俺が汚くなってもお前らがキレイだったらそれでいい』

と、小型換気扇の矜持を感じ、決して日の目当たらず懸命に回転する姿に自分を重ねずにいられなくなり、僕以外、君に気付いてあげられない。僕こそが君をキレイにしてあげなきゃという気持ちになってくるのだ。

ある日、脚立から豪邸の1部屋を見下ろした。いつもと違う視点から部屋を見下ろすと、普段見えないものが見えてきた。

ドア枠や、冷蔵庫。レンジフードの上、ありとあらゆる上にも、大量に埃が誇りを持つように積もっていた。

僕は誘われるようにその埃や誇りを上から拭き取りした。

僕は上から目線が大嫌いなのだが、この時ばかりは上から目線で対応して良かったと思っている。時には上からしか見られない景色もあるのだ。

こうして、上がキレイになるとその存在感が気になってきてしまう。

僕は、年に一回しか掃除しないレンジフードが気になってしまった。というより、気付いていたのに見て見ぬふりをしていた自分を恥じた。

『この子は、埃よりも、そして僕の誇りよりも重い油を吸っている』

なぜ一年に一回。それも大掃除とかいう都合の良いキレイごとの言葉でこんなに頑張っているのにキレイにさせてあげなかったのだろうか。

そうだ。この子も一緒にキレイにしよう。

僕は、3ヶ月に一度のルーティンに、レンジフードの清掃も加えた。何度か試行錯誤しながら、この豪邸の油に何の恨みも買うことなく、キレイさっぱり別れられるのはどの別れさせ屋が良いか色々投資した。

僕が選んだ別れさせ屋は、その完璧な仕事ぶりから、もう他に浮気は出来ない程だった。

この別れさせ屋は、完璧な仕事しか許さない。この別れさせ屋は、僕にこう言った。

『完全に別れるまでには、それ相応の時間が必要です。相手を知るにはきちんと時間が必要です。いいですか。決して焦らずお待ち下さい』

僕は、この言葉の本当の意味を何回か利用するうちに把握したので、もしこれからこの別れさせ屋を利用する人がいるのなら、別れさせ屋御用達の先輩としてしっかりアドバイスしておきたい。

素人が何も手出しするな。ただひたすら待て。

別れさせ屋を向かわせたなら噴霧したならば、しばらく待つんだ。彼に仕事を全て任せろ。彼を信用しろ。

そしていっぱい信用したら全てを水に流せ。

そこには、今まで別れるのに抵抗していたのが嘘みたいに何の抵抗も引っ掛かりもなくスムーズに進む。

それは一時だが、確実に美しくなる。どの世界でも一緒なのだが、美しさに自分の印を付けたくなるのは皆同じなのだ。美しくなった3ヶ月の間に魅力的なこの子には別のやつが必ず寄ってくる。

それの繰り返しなんだ。

こうして僕は、小型換気扇が赤い点滅のウインクをしたらまずレンジフードをバラし、別れさせ屋を噴霧しておき、別れてもらっているうちに、小型換気扇をバラし中性洗剤に浸けておく。このルーティンを身に付けた。

ここで、各々まだまだ別れるのに時間がかかりそうなので、手持ちぶさたな僕は、豪邸の浴場と呼びたい浴室にとりかかることにした。

長いこと占拠している浴室の黒カビくんになるべく目立たぬようにしてくれないかと交渉するのには、かなりの時間を必要とした。

定期的に乾燥させたり直接交渉してみたりと色々試した。だが、黒カビくんは存在感を増すばかりだった。僕は、黒カビくんの本拠地アジトを知りたくなった。

ある時、浴槽の側面が動くことに気付いた。もしや、これは化粧カバーなのではなかろうかと思った。ノックをして存在を確かめたのだが留守みたいだったので、僕は強行突破を試みた。


僕は、生まれて初めて1人で悲鳴を上げた。

エプロンと名乗る化粧カバーの裏は、黒カビくんが満室状態だった。不法滞在されていた僕は、黒カビくんに強制退去を銘じた。だが彼らは彼らの権利を主張してきたのでなかなか上手くいかなかった。

僕は、交渉にはその道のプロがいることを知り頼ることにした。いつ頃からだろう。その噂を耳にしたのは。

世の中のほとんどの噂には尾びれせびれが付いて回るものだ。

だけど、噂でも何でも良いから僕を助けて下さいと思う時ほど、噂の方からこちらへやってくるものだ。それに頼るのか、頼らないのかはそれこそ各自の判断によるものだ。それをその噂のせいにしてはいけないのだ。

僕は、その彼の噂を信じ、彼に頼った。是非とも紹介したい。


彼の名は、防カビくんだ。僕は、彼に黒カビくんの対応を任せることにした。元来、僕が不法滞在に気付かなくて黒カビくんを許してしまっていたのだからあまり強く言えずに、第三者の防カビくんに頼る結果になってしまったのは恥じている。だが、それをあまり余っても防カビくんの仕事は素晴らしいと思う。

僕は、防カビくんに定期的に仕事を依頼してから黒カビくんが段々と居なくなったのに気付いた。

粘り強く、何度も定期的に仕事を依頼すると確実に防カビくんは成果を上げてくれるのだ。僕は、防カビくんと契約を結び、3ヶ月に一度お願いすることに決めた。

僕の豪邸の浴室に今はなかなか黒カビくんを見つけられない。

こうして僕は、小型換気扇が赤い点滅のウインクをしたらまずレンジフードをバラし、別れさせ屋を噴霧しておき、別れてもらっているうちに、小型換気扇をバラし中性洗剤に浸けておく。そして、浴室を洗浄し、エプロンを外して防カビくんに仕事をお願いし、その間にレンジフードと小型換気扇の洗浄を済まし、乾かしている間にコーヒーブレイクを豪邸の庭でしながら読書をし、充分な時間を得てからそれぞれの場所へ帰ってもらい、また3ヶ月後の再会を誓い合いそれぞれの仕事に誇りを持ちながら埃を溜め合おうと約束をするのだった。

なんのはなしですか

僕にウインクしてくる小型換気扇の赤い点滅は、一年に一回の大掃除とは名ばかりで、時間だけがかかり手抜きをするようになる。ならば本当に手抜きをしても良いように3ヶ月に一度簡単に掃除をしておけば大掃除に胸を張ってやってる感を出せるのではなかろうかと教えてくれているような気がしていた。

結局、ウインクには勝てないと思った。

埃も誇りも定期的に洗い流すと案外、無垢な自分に出会えますよというはなし。

なんとなくウインク思い出した↓





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