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下井草フジノキのクリームパン

前回からの続き(続きはこちら

立ち食いそばライター兼パンライターへ

ということで、パンの業界誌『B&C』から企画出しを求められたわけだが、長年、そばばかり食べてきたわけで、アイデアはなにも思い浮かばなかった。

……ウソです。話を振られた時点で、すぐ頭に浮かんでいた。それは「町パンを取材する」というものだ。

町パンとは、アンパンやカレーパンの並ぶ、昔から近所にあるパン屋さんのこと。正式名称ではないし、マイナーだが、一部、大衆食マニアの間では、ジャンルとしてちゃんと認知されている。その町パンをちゃんと取材して記事にしたいと思ったのだ。

なぜに町パンか? 考えてみれば、自分の好きな立ち食いそば(大衆そば)との共通点は多い。まず、安価な日常食である。戦後の社会を支え、ともに発展してきた。個人店が多い。働く人の味方。アメリカの食糧援助と密接な関係がある。日本独自のもの。メニューが自由。街と密接なつながりがある。経営者の高齢化で閉店が相次いでいる。人の匂いがする。だいたいうまい。

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書き出すときりがないが、ここ2、3年、立ち食いそばを食べ歩きながら、心のどこかでずっと町パンを意識していた。そして、これが一番、大きいのだが、まだ誰もちゃんと書いたことがないのだ、町パンのことを。興味があって、いろいろ知りたいのだが、ちゃんとまとめた本はないし、ネットの記事も、せいぜいブログしかない。これは自分がやらなきゃならないことなんじゃないか?

町パンに関する知識はまだまだだが、コロナで仕事が減ったこともあり、勉強する時間はたっぷりある。日本や海外の最新ベーカリー事情を扱う『B&C』で企画が通るか分からないが、企画書を書きあげ、ダメ元で送ったところ、これが通った。

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編集長いわく、「こういう切り口の記事があってもいいかと思いまして」とのこと。なんともラッキーだったのだが、こうして私は町パンの世界に、まずはつま先を突っ込んだのだ。

近所、下井草のベーカリーでショックを受ける

さて、企画が通ったら、まずは取材先選びなのだが、幸いに記事の締切はだいぶ先。まずはちゃんと勉強しようと、とりあえず近所の町パン巡りから始めた。あまり遠出はするなと言われていたしね。ということで行ったのが、下井草の「フジノキ」というベーカリー。旧早稲田通りにある小ぢんまりとしたお店なのだが、駅からは少し離れている。

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この、旧道、駅から離れている、というのが町パンのポイントなのである。今ではたいていの街は駅周りが栄えているが、かつては旧道がメインストリートとなっていた。今でこそ「なぜここに?」という立地なのだが、かつては好立地だったことが多いのだ。そして、町パンは家庭で食べる日常食という立場。そのため、住宅街に近いところに出店することが多かったのである。

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『フジノキ』は、まさしく町パン。しかし興味深いのは、店の背景だけではなかった。食べてみたこの『フジノキ』のクリームパンが、とんでもなくおいしかったのだ。甘さ控えめに作られたカスタードクリームの玉子風味がすごく、玉子料理だといってもいいぐらい。カレーパンのフィリングもデミグラス風味で、これまたほかでは食べられないうまさ。食べながら、ちょっと感動してしまいましたよ。

クリーム

(写真ボケてるな……)

この手の定番はスーパーやコンビニで大手の製品が簡単に手に入るが、どれも個性が感じられず、いまひとつ好きになれなかった。しかし『フジノキ』のクリームパン・カレーパン(特にクリームパン)には、圧倒的な個性とうまさがある。見た感じ、店はフツーだし、パンもフツー。なのに、食べてみるとすごい。「町パン、いい!」この瞬間、私はつま先だけ入っていた町パンの世界に、ズブっと足首までつかった。

実はこの下井草「フジノキ」から、また新しい町パンの面白さを知ることになるのだが、それは次に続くということで……。

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