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新たなパラダイムを構想するためのブックリスト「新しい文化を導く北極星」

工業社会から知識社会へ、成長社会から成熟社会へ。時代が変化する中、どんな生き方、働き方をすればいいのか?

私は、それを考える鍵は作家・思想家、宮沢賢治が握っていると考え、探究してきました。2023年11月、代官山 蔦屋書店で探究の成果をブックリストとして発表しました。この記事では、そのリストに加筆したものを公開します。

これからどこに向かえばよいのか、その航路を照らすため、本と本を星座のようにつなげながら選びました。

はじめに

2023年、宮沢賢治は、没後90周年を迎えました。リベラルアーツ、エコロジー、地域文化、ウェルビーイング……。現代のキーワードを先取りするような問題意識をいだきながら、内容の童話や詩を制作し、社会を変える実践に取り組んだ人物でした。

農学校の生徒にエールを送る「生徒諸君に寄せる」という詩には、こんな一節があります。    

諸君はこの颯爽たる
諸君の未来圏から吹いて来る    
透明な清潔な風を感じないのか  

賢治は、新たな時代の風を感じながら生きていました。

彼にとっての「未来」は、私たちが生きている時代です。今こそ、彼の生み出したヴィジョンが活きてくるように感じます。夜空をめぐる星々のなかで同じ位置にとどまり、航海を導く北極星のように、彼の遺したものは、私たちの文化が向かうべき方向を指し示す光となるのではないでしょうか。

宮沢賢治学会会員でもある人文コンシェルジュの岡田が、賢治の魅力を五つの側面に整理し、賢治のヴィジョンを継承するヒントとなる書籍をセレクトします。

I. 万物と交流する

賢治の作品世界では、動植物はもちろん、電信柱や鉱物すらも心をもち、自らの思いを言葉にします。花の喜び、石の苦しみを感じる力は、感受性と想像力、そして科学的知識が結びつくことによって生まれました。不思議なことが次々に起こる童話は、彼が生きている現実を写し取ったものなのです。

宮沢賢治『新編 風の又三郎 』新潮文庫

本書に収録された短編「虔十公園林」には、光、風、土、木々といった自然の事物と深く交流し、それによって深い喜びに満たされる虔十(けんじゅう)という青年の姿が描かれています。虔十は「賢治」のもじりとも言われ、一種の自画像とも考えられます。特に注意を引くのは虔十の育てた杉林が人々に「本当のさいはいが何だかを教える」とされていることです。賢治が探究した真の幸福を読み解く鍵は、この短編にあるのです。

図書出版ヘウレーカでの連載の中で、この短編に導かれながら「ほんとうのさいわい」の核心を探りましたので、あわせてお読みいただけると幸いです。

宮沢賢治『宮沢賢治のオノマトペ集』ちくま文庫

賢治作品の大きな特徴は、辞書に載っていない個性的なオノマトペ(擬音語・擬態語)が多く使われていることです。それらの言葉は、彼がみずみずしい感性で、草や石、光や風、出会うものの姿や動きを生き生きと映し取ることで生まれたのでしょう。本書には、彼の個性的なオノマトペが解説付きで集められています。魅力的なのは単に集めるだけではなく、オノマトペが手書き文字で表現されていることで、視覚的にも言葉の面白さを楽しめます。

賢治のような感性で世界を見ることを目指して、オノマトペだけでお題を表現するワークショップを下北沢のカフェバー気流舎で開催し、イベントレポートにまとめました。

加藤碵一、青木正博『賢治と鉱物』工作舎

賢治は、鉱物の豊かな表情の中に空模様や私たちの感情と響き合うものを見出していました。彼の作品の中には鉱物がしばしば、空模様や感情を表現する「比喩」として用いられています。本書は、賢治の作品に登場する鉱物がどんなイメージを表すものとして現れているのかを紹介する一冊です。多数の美しい写真が掲載されているため、視覚的に賢治の心象風景の世界を味わうことができます。また、科学的な解説も充実しているため、鉱物の入門書としてもおすすめです。

見田宗介『宮沢賢治 存在の祭りの中へ 』岩波現代文庫

人間のエゴイズムとは何か。私たちは、エゴイズムから抜け出せるのか。この難題に、異色の社会学者が、宮沢賢治の人生と作品の分析を通して挑みます。とりわけ、「存在の祭り」とも呼ばれる、みずみずしい現実の体験に関する描写が印象的です。読者に大きなインパクトを残す一冊で、私も本書を読んだことがきっかけで、賢治研究を始めました。

見田宗介『現代社会はどこに向かうか――高原の見晴らしを切り開くこと』岩波新書

東京大学で教鞭を取り、戦後日本の社会学を牽引した社会学者の到達点といえる著作。経済成長が見込めない現代社会は、一体どこに向かうのか。これからの社会の形、これからの生き方をどのように構想すればよいのか。著者は、統計データを駆使しつつ、この壮大な問いに正面から回答を出しています。本書で提示される未来社会の構想は、『宮沢賢治 存在の祭りの中へ』以来、賢治と向き合いながら深められていった独自の人間観にもとづいて生まれたものです。

II. 世界の幸福を探究する

「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という言葉に代表されるように、賢治は個人が幸福になるには、人間だけではなく、動植物も、さらには鉱物や大地さえも含めて、世界がそもそも幸福である必要があると考えていました。本当の幸福とはどういうことか。それはどんなふうに実現されるのか。賢治の作品や実践は、この壮大な問いへの応答なのです。

宮沢賢治『新編 宮沢賢治詩集』新潮文庫

本書に収録された「生徒諸君に寄せる」は、農学校の生徒たちに向けられたエールとも言える詩です。「新たな詩人よ/嵐から雲から光から/新たな透明なエネルギーを得て/人と地球にとるべき形を暗示せよ」。そんな熱気に満ちた調子で、未来を担う若者に呼びかける言葉の節々からは、宇宙的なスケールで、新しいライフスタイル、新しい社会システムを追い求める精神が伝わってきます。

今福龍太『宮沢賢治 デクノボーの叡知』新潮社

従来の学問の枠に収まらないスタイルで独自の世界を構築する文化人類学者が、アクロバティックに読み解く宮沢賢治の世界。石、宇宙、火山、動物、風等のテーマを扱いながら、人間と野生とのあいだに成り立っていた「共感/共苦」の関係を甦らせる手がかりを探っています。著者が親交のあった社会学者の見田宗介による宮沢賢治論とも響き合う関係にあり、両者を併読すると味わいが深まります。

ウィリアム・モリス (著)、城下 真知子 (翻訳)『素朴で平等な社会のために ウィリアム・モリスが語る 労働・芸術・社会・自然』せせらぎ出版

鳥や植物が配置された美しいパターンのデザインで知られるウィリアム・モリス(1834-1896)。その装飾は、楽しくやりがいをもって働ける社会を目指すアーツ・アンド・クラフツ運動のなかで生まれました。宮沢賢治の「農民芸術」の思想も、モリスの影響を受けながら形成されたものです。本書は、モリスの代表的な講演をまとめたものであり、力強い想像力によって、未来社会のヴィジョンを描き出されています。

松波龍源 (著)、野村 高文 (編集)『ビジネスシーンを生き抜くための仏教思考』イースト・プレス

賢治の作品と思想には、『法華経』を中心とした大乗仏教から大きな影響を受けながら、宗教と科学の対立を越える新たなステージを目指して生み出されたという側面があります。そんな賢治と、「実験寺院」を立ち上げ、現代社会を変える「哲学」や「実践」として仏教をアップデートすることを目指す本書には響き合うものがあります。著者の提示する「仏教思考」に基づいて、賢治の作品を読み直すと、これまでわからなかった点や納得できなかった点に新たな光が当たるかもしれません。

岩野卓司『贈与をめぐる冒険 新しい社会をつくるには』ヘウレーカ

何かを贈り、お返しを与えることで交換が成立する「贈与」。そのプロセスのなかでは、モノの移動にともなって人と人、人とモノの間に精神的な交流が生まれます。本書はそのような点に注目しながら、人間同士の関係、自然と人間の関係を問い直し、資本主義社会を「変質」させるためのヒントを探る一冊です。そのなかで、賢治の作品が「自然の贈与」という切り口から取り上げられています。

III. 遊びを極める

賢治は、子供のころ「石ッコ賢さん」と呼ばれるほど鉱物採集に熱中しました。そのときに芽生えた鉱物への関心は、作品制作にも、農学校の教師や砕石工場の技師兼セールスマンなどの仕事にも活かされています。まずは自分が最大限楽しみ、それをみんなの役に立つものに変えていく、そんな遊びの達人の姿があります。

宮沢賢治『宮沢賢治全集 10』ちくま文庫

賢治は、苦しくてつまらない労働を、楽しくてやりがいのある仕事に変えることを目指していました。そして、その鍵は「芸術」にあると考え、「農民芸術」という思想を提唱しました。それは、稲作も料理も、日々の会話も、すべて舞踏や彫刻のような芸術であり、それらが人生という大きな演劇を織りなすというものです。本書収録の「農民芸術概論綱要」のいたるところに、遊びを仕事に変え、逆に一見つまらない仕事をも遊びに変える、柔軟で遊び心にみちた精神が感じられます。

畑山博『教師 宮沢賢治のしごと』小学館文庫

公式だけでは絶対に解けない代数の問題。生徒たちを二班に分けて競わせた英語のスペリング競争。土壌学の授業では、地球の成り立ちをまるで詩のようにうたいあげ、肥料学では、一枚の細胞絵図から生命の記憶を説き起こす。本書は、教え子への取材をもとに、宮沢賢治が農学校の教師をしていた頃の授業を生き生きと再現する一冊です。遊び心にあふれた賢治の姿から、学ぶこと、そして、教えることの面白さを味わうことができます。

孫泰蔵 (著)、あけたらしろめ (挿絵)『冒険の書 AI時代のアンラーニング 』日経BP

賢治は、生徒と演劇を上演したり、化石を掘ったりしたエピソードに示されるように、「遊び」を通して教える、そんな教師でした。本書は「なぜ学校の勉強はつまらないのか?」という問いから出発して、今の学校のシステムが生まれた背景、さらには「これからはどんな学びの在り方が望ましいのか?」を探っていきます。そして、最終的にたどり着くのは「遊びと学びが区別されない姿勢」です。AI時代の学びを構想するヒントを、宮沢賢治の教師としての活動のなかに探ることもできるはずです。

浦久俊彦 『リベラルアーツ 「遊び」を極めて賢者になる』インターナショナル新書

宮沢賢治は、農学を中心に、宗教、哲学、芸術、自然科学、人文学など幅広い分野の知見をもち、それを掛け合わせることで、作家としても教師としても活躍しました。彼は「リベラルアーツ」の体現者ともいえるでしょう。本書は、文化芸術プロデューサーの著者が「リベラルアーツ」を「人生を遊びつづけるためのわざ」として提示する一冊。誰かに勝つために学ぶ「教養」ではなく、共に人生を楽しむための「共養」という考え方は、遊びを極めた賢治の姿勢と響き合っています。

IV. 土地に根ざす

賢治は、岩手県の花巻に生まれ、その地で生涯を終えました。その生涯は、故郷を詩情と科学の力で、さらに楽しく豊かな土地に作り変えるための試行錯誤でした。岩手の地を「イーハトーヴ」と名づけ直し、その地を舞台とした童話を作ったのも、そんな大きなプロジェクトの一環なのです。

宮沢賢治『注文の多い料理店』新潮文庫

『イーハトーヴ童話集 注文の多い料理店』は、賢治の生前に唯一刊行された童話集です。「イーハトーヴ」とは、一瞬にして飛躍し大循環の風を従えて旅することもできれば、花の下を行く蟻と言葉を交わすこともできる不可思議で楽しい世界です。しかしそれは架空の世界ではなく、賢治が豊かな感受性と想像力によって体験している岩手県なのです。この童話集には、土地に根ざしながら、土地を自らの個性によって新たな輝きを放つものに再創造する賢治の力が申し分なく発揮されています。

ブルネロ・クチネリ (著)、岩崎 春夫 (編訳)『人間主義的経営』クロスメディア・パブリッシング

イタリア発のファッションブランド「ブルネロ・クチネリ」の経営者が自らの経営思想を語る一冊。著者は、ソロメオの村を「人間のための資本主義」を実現する場所と定め、廃墟となっていた村の古城を買い取り本社とし、城の一角に職人学校をつくり、村を修復し、劇場、図書館、公園などの施設を設備するなど、常識を越えるかたちで、人間と自然が調和する経営を実現しています。その理想は、宮沢賢治の「農民芸術」とも響き合っています。

花井優太、鷲尾和彦『カルチュラル・コンピテンシー』BOOTLEG

「カルチュラル・コンピテンシー」とは「利益追求だけにとらわれることなく、各地域に根ざした文化的バックグラウンドに目を向け、それをケアしながら働く経済サイクルを創る能力」のこと。岩手の地を「イーハトーヴ」と捉えることで新たな魅力を作り出し、それにもとづく農村の文化と経済を作り出そうとした賢治も、この力を持っていたと言えるでしょう。日本各地の先進的な事例と識者による考察によって構成される本書は、豊かな地域の文化が生まれる経済圏を作るための羅針盤となる一冊です。

V. 動きながら考える

賢治の作品の多くは、散歩や登山のなかで受けたインスピレーションから生まれたものです。また、自ら畑を耕し、羅須地人協会という私塾を創設し、自分の理想とする農村の文化を作るために奮闘したように、思想家にして技術者でした。彼は、歩きながら感じ、作りながら考える人なのです。

宮沢賢治『ポラーノの広場』新潮文庫

短編「ポラーノの広場」は、農村の少年たちと役人の交流を描いた物語です。代表作「銀河鉄道の夜」が「どんな理想のために生きるのか」を問う物語だとすれば、この短編は、「自分たちの思い描いた理想をどんなふうに実現するのか」を問うものです。農村を救うための試行錯誤のなかで綴られた現実変革のストーリーには、賢治の苦悩と展望が同時に刻み込まれています。

山尾三省 『新版 野の道 宮沢賢治という夢を歩く』新泉社

「部族」と称した対抗文化コミューン運動を起こす、インド・ネパールの聖地を一年間巡礼するなど、さまざまな遍歴を経て、家族とともに屋久島に移住し、耕し、詩作し、祈る暮らしを続けた山尾三省。本書は、彼がそんな暮らしのなかで、賢治が歩いた道を、自らが歩む道に重ねながら思索したエッセイです。キンポウゲの花、乳山羊、夏の雨、梅の実や野菜、青春時代の思い出、畑で出会う百姓や鳥や虫たち。何気ない日常の景色を入り口にして、賢治の世界へと、そして著者自身の内面へと足を踏み入れていく、味わい深い一冊です。

一般社団法人新百姓『新百姓 1号「水をのむ」』ている舎株式会社

「新百姓」とは、農民に限らず、さまざまなノウハウに通暁し、作る喜びを大切にするヒトのこと。宮沢賢治の「農民芸術」の考え方とも響き合うヴィジョンです。今号の問いは、どうすれば「水をのむ」をこの手に取り戻せるか? 私たちの目の前の「水」の背後にある仕組みはブラックボックス化しています。その仕組みを知り、水との関わり方を選び直すヒントが詰まったマガジンです。

五つの側面を一冊で

『【宮沢賢治 短編アンソロジー】岡田基生・編 「イーハトーヴーー未完のプロジェクト」』田畑書店

宮沢賢治は「社会をもっと楽しくするためには?」という問いを探究していました。そして、「岩手」を「イーハートーヴ」に変えるという「プロジェクト」を開始しました。そんな社会起業家にも通じる側面にフォーカスするため、とっておきの短編を選びました。冒頭に解説文が収録されています。

『「ほんとうのさいわい」につながる仕事ーー宮沢賢治に学ぶワークスタイル』図書出版ヘウレーカ

「ほんとうの幸福とは何か」に気づくには? 宮沢賢治の生涯と作品から「何のために、どんなふうに働けば、幸せな人生を送れるか」を考えていく連載です。「イーハトーヴーー未完のプロジェクト」で提示した方向性を、ワークスタイル論として具体化していきます。

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