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cakes連載ボツネタ「私が180度変わった事件」

 今回はパワハラ描写があるのでボツになったネタです。

 ここに出てくる中田さんは私がよく「メンター」と言っている信頼している方です。中田さんにはcakes連載の報告、noteを書いていることも伝えているのでここを定期的に見てくれています。会うたびに感想をくれるのでホント好きです。一番好きなところは空気の読めない私にはっきり意見を述べてくれるところです。

 実はこの「中田」という仮名は、中田さんの旦那さんが選んだ名字です。佐藤、鈴木、高橋、小林と有名どころを当てはめようにも中田さんと私の共通の知り合いに居たので、空いていた田中にしたところ、中田さんの旦那様より「田中だけは嫌だ!!」と謎のダメ出しが出たので「そしたらどの名字がいいのでしょう?」と聞いたら「逆にして中田」となりました。

 田中が嫌な理由は聞いていないですが、中田さんの旦那様より謝罪を預かっておりますので、ここに載せさせていただきます。


全国の田中さんごめんなさい


(ゲシュタルト崩壊しないで書けた自分を褒めたい)


本編はこちらから

 作業している手を止めて中田さん(仮名)は立ち上がった。

「暑い!こんなんじゃ仕事できない!!」

 そういってエアコンの電源をつけたのであった。

―ええ!?マジで!?この気温でつけちゃうの超すごくね!!?

 この時の中田さんはまさしく神様にみえた。

 中田さんは私の元上司である。私の価値観を片っ端からことごとくぶっ壊してくれた恩人である。


 中田さんとの出会いは、遡ること8年近く前。長男が小学校に入学したタイミングに合わせて家計を助けるためにパートを始めた。パート先は、強面の所長、男性の職員1名と、非常勤であるおじいちゃんが2名、そして紅一点の中田さんの5名で切り盛りしている小さな精神障害者の作業所だった。

 新人である私に仕事を教える人が中田さんだった。緊張してカチカチの私に手取り足取り、優しく丁寧に説明してくれた。

 
 この頃の私は、昔に比べたら大分マシになってきたとは言え、人見知りが強く、定型文でしか会話のできない人間であった。
そう。私はいわゆるコミュ症だったのだ。
物心ついたころから、人と目線は合わせられないし、質問されたことにどう返事したら正解なのかがわからないし、たとえ答えたとしてもそれ以上話を広げる能力もなかった。そして、人に慣れるのに3年かかるくらいに警戒心が強かった。学生時代は「笑うときあるの?」「冗談いうの?」と言われるくらいに常に静かに無の状態で過ごしていた。社会人になってからも年上年下構わず全ての人に敬語を使って会話していたのも重なり、なかなか打ち解けることができなくなっていった。

 今回の仕事は、子どもを産んでからの久々の仕事だったので、自分自身に暗示をかけていた。途中で投げ出したりせず映画の「イエスマン」のように成り切って、なんでも嫌がらずしっかりと仕事をする!と自分の胸に誓いをたてていたのだ。たかがパートと言われそうだが、私にとっては崖から飛び降りるくらいの決意を持っていた。この時はあまりにも自分に必死過ぎて気づかなかったのだが、のちのち中田さんの行動に驚かされることになる。

◇◇◇

 パートを始めて3か月もすれば仕事にも慣れ、周りの人の行動も余裕を持ってみることができるようになっていた。もう初夏になっていた。

「28度にならないとエアコンつけないからな!汗を段ボールに垂らすなよ!」

 作業所内に所長の大きな声が轟いた。

 強面の所長は、顔だけじゃなく、中身も見た目に合った怖い人で、今こんな人が居たら虐待だとか、パワハラだとか疑われても仕方ないような人であった。そして節約の鬼であった。作業所はエアコンを28度にならないとつけないという謎のシステムになっていた。
作業所の仕事は、ずっと座ってする作業だけではない。段ボールで作った仕切りという製品を束ねたり、運んだり、車に積み込んだりと大忙しで、たとえ気温23度であっても、汗がダラダラと垂れてくる。汗が垂れないように、皆が肩にタオルを巻いている。汗が出やすい人は頭にもタオルを巻いてもやっぱり汗がしたたり落ちてくる。汗が段ボールに垂れるとシミになる。シミになると製品が破損したことになり、納品できなくなってしまうし、最悪弁償になってしまうので、夏のこの作業は細心の注意が必要で、暑さに弱い私にとっては地獄だった。所長に誰も口答えすることができず、自分たちで対処できる方法で作業をしていた。
しかし、ある日中田さんが動き出した。
「暑い!!こんなんじゃ仕事できない!!」と、勝手にエアコンの電源をつけたのだ。28度にもまだなっていない状況なのに、エアコンの電源を入れたのだ。勝手にエアコンつけたせいで中田さんが怒られるのではないかとヒヤヒヤしたが、何故だか中田さんは怒られなかった。
 暑さに弱い私には中田さんが神様に見えた。そして、思ったことをはっきり言って行動できる中田さんへの憧れに近い興味が沸いた瞬間であった。


◇◇◇

 中田さんは普段温厚で面白い人だ。そしてよく喋りよく笑う人だ。自分の話も開けっぴろげに良いことも悪いことも面白おかしく話してくれる。いつも中田さんを中心に話が盛り上がり、休み時間はいつも賑やかに過ごしていた。あまりにも話に花が咲くと、所長の怒号が飛んでくる。

「うるせぇぞ!!静かにしろ!!」

お昼くらいおしゃべりしてもいいじゃないかと思うが誰も反応できない。かと、思いきや

「お昼ぐらいおしゃべりしたっていいじゃないですか!それに、男の人が大きい声出すの怖いのでやめてください!!!」

 と、中田さんが反撃した。

―ええええ。前回も凄かったけど、中田さん凄くない!!?

 ヒヤヒヤしながら所長の出方をみていると

「はいはい。どうせ俺は声が大きいですよ!すみませんね!」

 所長は子どものように拗ねて事務所に戻っていった。


―あの怖い所長に中田さんが勝った!!中田さんつよい!!


 心の中でスタンディングオベーションである。中田さん凄い!中田さん最強!!

◇◇◇

 中田さんは口から何でも垂れ流している。ご飯を垂れ流しているわけじゃなくて、気持ちが駄々洩れ状態なのである。


「あーーーーー!!!今日は仕事たくさんあって働きたくないなぁ。ほら。外見てごらん?とってもいい天気ピクニックしたいよねぇ」

と、作業中に突然外を眺めて、たそがれる中田さん。中田さんの器用なところは喋りながら手がずっと動いているので、そんなこと言いながらも仕事は完璧にこなしている凄い人である。
 それを聞いた非常勤のおじいちゃんたちも

「ほんとだなぁ!こういう時はやっぱり外で飲む酒が一番だな!」

と、乗っかるのである。

 おじいちゃんたちも、おしゃべりしながら手はしっかり動いているベテランさんたちだ。

「あら。良いわね!じゃあ、車出しますね!」

 中田さんはノリノリである。手はちゃんと動いている。


―中田さんが何を言ってもみんな笑って返している…。実は自分の思っていることを言っても世の中平気なのかな?


 そんな考えが頭の中をよぎりだした。私は自分が思っていることを口に出したら、誰かを不愉快にするかもしれない。怒られるかもしれないと思っていた。そして、冗談なんて目上の人にしてはいけないと思っていた。実は私の考え方の方がおかしかったのかもしれない。

 そんな風に考え始めていたら、心の奥底に隠していた自分がムクムクと出てくるようになった。休憩時間のおじいちゃんたちの掛け合いに入ってみたい。利用者さんのボケに突っ込んでみたい。もしくは、逆に私がボケてみたい。

 やってみたかったことが湯水のごとく湧いてくるけれど、それを実行する勇気がなかった。休み時間のたびに、試みてみる。できずに、いつも通りの鉄仮面で過ごしてしまう。そんな自分自身との戦いを繰り広げながら、この職場に来て1年が経とうとしていた。

 休憩中におじいちゃんたちと利用者さんが仲良く話していた。側で聞いていると禁煙の話をしていた。

「禁煙して5年経つけど、もうタバコ吸いたくなりませんよ」
と利用者さんがいう。
「俺は20年経つけどまだ吸いたくなるんだよ」
ニカっと笑うおじいちゃん。

「口寂しいんですか?」
会話を聞いていた私も参戦してみた。禁煙して口寂しくていつも飴玉かガムを口に含んでいた父親を思い出して聞いてみた。

「そうなんだよなぁ。何か口に入れたいんだよ。飴玉やめられねぇな。ついつい舐めちゃうからこんな体になっちまうだな」

 このときふと脳裏によぎった冗談を言いたくなった。

「それじゃあ…」

 勇気を出せ!私!

「赤ちゃんでも使える安全な方法ありますよ」

 あと少し

「ん?それはどんなぁもんだぁ?」

「それは、おしゃぶりですよ!口さみしさは無くなりますし、体にも良いです。飴玉よりもおススメですよ」

「冗談いうなよ。じじぃがやったらただの変態だろうがっ!」

話に参加していた全員が大爆笑した。

「家族に見られらボケたと思われかねないのでこっそり使ってくださいね」

「やんねぇよ!」

 初めて思っていたことを口から出したという緊張感で心臓がバクバクいっていた。

「元屋さんもそう言う冗談いう人なのか」

おじいちゃんはニカっと笑ってくれた。

中田さんに出会わなければ、この橋から飛び降りるぐらい勇気を振り絞らなければできなかった目上の人に冗談を言うという行為はできなかっただろう。これをきっかけに私のストッパーが全部外れ、中田さんを見習った結果、気持ちが口から駄々洩れの人間になったのであった。中田さん責任取ってください。

仕事のできる中田さんはあれよあれよと出世して今やその作業所の所長になっている。

◇◇◇

 \\中田さん責任とってください//