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髪を捧げるということ

平成最後の暑い夏に十万億土へ旅立った親友暁子のがんが発覚した5年前、私はいても立ってもいられなかった。
しかし、親友とはいえ血の繋がった身内ではないので、例えば治療方針の決定など核心的な部分には関われない。寺社仏閣にお参りしたりお守りを渡したりがせいぜいだ。
いや、実はそれさえも余計な事で、これまでと変わらず普通に接するのが親友としての最良の行動だったのだ。

それでも何かせずにはいられなかった。心がざわついておさまらなかった。神様でも仏様でもドクターXでもない自分には、病気の治療のような直接的な事は何も出来ない。
我ながら大げさではあるが、大きな無力感に襲われていた。

そんな時、病気で髪を失った子供たちのためにウィッグを作っている団体がある事を知った。そのウィッグの素材となる髪の毛は寄付でまかなわれている。
ヘアドネーションという言葉自体はそれより前から知っていたが、看護学校の生徒が協力していますというニュースをたまに目にするくらいで、その時はまだ一般人も出来るなど知らなかったし、そこまで熱心に調べていなかった。

早速応募の条件を見てみると、髪の毛を寄付するには31cm以上の長さが必要とある。しかし、まだそれだけの長さを切り、なお自分の髪型を維持するほどの長さには達していなかった。そこから、”髪を伸ばす”生活がスタートした。

寄付をしたところで暁子のためのウィッグになる訳ではない。だが、ウィッグをあつらえてあげる程の財力も無いのが現実だった。
それでも、ヘアドネーションをやりたかった。暁子ではない別の人ではあるが、誰かの役に立てる。そうやってざわつく心と無力感をどうにかしておさめたかったのである。

私の髪は太くてクセがあってオマケに量が多い。小さな頃から散髪に行くと、
「髪の毛多いわね〜」
と言われるのが嫌だった。
大きくなってからも、バレッタは大きめでないと使えないし、おだんごにするのも一苦労だった。
ダッカールなどとてもじゃないが使えない代物だった。
頑張ってヘアアイロンで真っ直ぐにしたとしても、雨が降ったり汗ばんだりすれば瞬殺であっという間にボワッと広がる。

ショートにしたらしたで、クルクルになるのがオチだった。短くしようとすると、大抵の美容師は「クセを生かしましょう」と言うのだが、整髪料が無ければライオン丸になってしまうだけなので、結局、一本で結えるそこそこの長さに保っておいて放っておくようになってしまったのである。

放っておいても勝手に伸びる。幸い、カラーやパーマはここ数年していないせいか枝毛も無い。これが役に立つのなら…。しかし、大きな傷みは無いとしても、折角人様が使うのだからと、シャンプーやコンディショナーの横に少しいいお値段で鎮座しているヘアパックを買ってきてケアを始めた。
それでも相変わらずクセも量も変わらないが、ケアをしている内にそこそこツヤが出てきた。

それから2年。ヘアドネーションの活動に協賛している美容院でカットした。
私の厄介なクセ毛はいくつかの束に分けられ、大切にビニールに入れられた。
どうか、病で困っている誰かのおしゃれに役立ちますように…。

おそらくこの時が、厄介なクセ毛なりに一番ツヤツヤサラサラと美しかったのではないかと思う。

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