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惑星『月めくり』でグッバイ (シロクマ文芸部)

『月めくり』は人口168人の小さな惑星だった。

1969年7月20日 アメリカ合衆国の『アポロ11号計画』で月面に降り立った船員は月の裏側から惑星『月めくり』を発見した。

月を捲ったところにあった惑星だから『月めくり』
その後の調査でどうにも環境が地球に似ているとのことで、極秘に人類移住計画が進められていた。

アメリカとソ連の間で勃発していた宇宙開発技術力の覇権争いは、アメリカに落ち着き、アメリカは極秘裏に『月めくり』を第二の地球として開発。

1982年には、惑星『月めくり』に居住する人口は168人になっていた。
このプロジェクトに携わっていたアメリカ政府やNASAは惑星『月めくり』に住んでいる人々を『星の人』と呼んだ。

1985年にある事故が起きた。
住人には未開発の地に足を踏み入れないよう警告していたにも関わらず、一人の子供と女性がセーフティエリアから離れてしまった。

事の発端は、子供のボール遊びだった。
遊んでいたボールが未開発エリアに転がっていき、当時の簡易的な柵を乗り越えて追っていってしまったのだ。
母親は急いで子供を追ったが、遅かった。

二人は氷漬けになった。

惑星『月めくり』は自転軸の関係で、太陽の恩恵を受け人が住めるエリアと、当時の科学技術では解明できない、踏み入れたら全てを瞬間的に凍結させてしまうエリアがある。
二人はそこに足を踏み入れてしまった。

1987年、惑星『月めくり』の人口が激減する。
原因は、『月めくり』を掠めた数ミリ程度の隕石によるものだった。
隕石の衝撃で自転が微かに傾き、瞬間凍結エリアが広がった。
それに怯えた『星の人々』はアメリカ政府に救難信号を送り、数年かけて130人の『星の人』が地球に帰った。

そして
2023年、37人、地球に戻ろうと救難信号を放っていた。

「ここに流星群が降るのでは仕方がないな」
「でも当たる確率は0.23%だろう?」
「今度ばかりは、ちょいと隕石が掠めただけでも、全域が瞬間凍結エリアに染まるさ」
「まぁそもそも、ミリ単位の隕石でもこの星に直撃したら、俺達は木っ端みじんだからな」

紫色の空、黄色の雲が上空を霧みたいに覆っていた。合間から見える命の遠い星々。

一人の青年が荷造りを終えた『星の人々』から離れた場所にいる一人の老人に駆け寄る。

老人は未開発エリアの柵の前に椅子を置き、ある一点だけを眺めていた。

青年が心配そうに声をかける。
「本当に、僕達と一緒に帰らないのですか?」
老人は首を横に振った。

「もうあと10分でシャトルが来ますよ、行きましょうよ、もしも隕石が当たりも掠めもしなかったとしても、この惑星で一人で生きていくことは無理です」
青年の拳には力が入っていた。
老人は青年を見る。
「君は、はやくいきなさい」

老人はこの日まですべての『星の人』から惑星『月めくり』から退避することを説得されていたが、頑なに首を横に振り続けた。

青年はもう老人がここから動かないことを知っていた。
老人を見ていることが辛くて、そっと肩に手を置いてから
もう何も言わず、荷造りを終えた人々の列に溶けていった。

列の誰かが青年に静かな口調で
「置いていけないのさ」と言った。

シャトルは一人の老人を置いて、地球へと飛び立った。


2023年7月7日
地球にも影響を及ぼす可能性があり、その際甚大な被害をもたらすとして対策と警告を発せられていたアラガタ流星群は、地球の平和な日常を一つも揺るがすこともなく過ぎていった。

アメリカは惑星『月めくり』を衛星遠隔カメラで確認しようとしたが、困難を極めた。どうにも惑星自体は存在しているらしい。
ただ、惑星『月めくり』に置いてきた衛星電子機器は全滅だった。

このことからアメリカ政府は一つの結論を導いた。
アラガタ流星群の一部が惑星『月めくり』を掠め、自転が傾き、全エリアが瞬間凍結し、氷の惑星となったと。

そして長い間、地球外への人類移住計画は空白を保った。

2097年
地球上で惑星『月めくり』を知っている者は誰もいなくなった。
ただ、現在でもその存在は確認されている。惑星の名前も『氷星』と変わった。誰も住めない冷たい惑星というのが2097年の人々の認識だった。

2150年
地球外への人類移住計画が全世界合同プロジェクトとなり、各国が精力的に取り組みだした。
次の移住予定惑星は惑星『氷星』からそう遠くないところにあった。

ある若い科学者が、過去の文献を漁り、惑星『月めくり』への人類移住計画にまつわるデータを見つけた。
全世界が共有し、同じ轍は踏まないよう徹底的に対策を講じ、人類は順調に、地球外への移住計画の一歩を踏み出した。

ある考古学者は再び惑星『氷星』への調査を行うべきだと主張した。
そこには考古学的価値のある発見が豊富にあるはずということだった。
その主張に頷いたイギリスの富豪が、彼に力を貸すことを宣言し、莫大な資金を投げ打って惑星『氷星』へ向けたロケットを開発する。

ただ、惑星『氷星』がまた『月めくり』と呼ばれ、その惑星から氷漬けとなった一人の老人、一人の女性、一人の子供が発見されるのはまだ、もう少し遠い先のことだった。


(完)

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    ーー後日談ーー

2247年

「えー今、約200年ぶりに人類が降り立った、惑星『月めくり』と中継が繋がっています、現場のホシ・ホシタロウさん、聞こえますか?」

「えー、こちら現場のホシタロウです、今ちょうどとんでもない発見に立ちあってしまいました、氷の惑星から人です!凍った人が現れました!椅子に腰かけた老人と、女性、ボールを追いかける子供です!!現場は大変騒然としております!」


惑星『月めくり』の中継は瞬く間に全世界を巡った。
現地に赴いた学者の協力もあり、『星の人』がいつ瞬間冷凍にあったのかなど解析することができた。
そして興味深いことに、老人の薬指にあった結婚指輪が、若い母親の薬指にある結婚指輪と同じだった。

1985年に凍ったされる若い母の推定年齢は30歳前後で
2023年に凍ったとされる老人の推定年齢は80歳前後だった。

学者はこう結論付けた。
「この老人は、何らかのアクシデントに見舞われて凍り、時が止まってしまった自分の家族を置いて、惑星『月めくり』から脱出することなんて考えられなかったのだ、この惑星『月めくり』にあるのはただの歴史的価値ではない、ロマンスだ、我々にできることは一つ、そっとしておくことだ」


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