ほおずきさん三題噺 第十五回

お題「麺、双子、紙」

バスも通わない山中にあるこの村では双子を共に育てるのは良くないという昔からの因習が根強く残っていた。小倉家に双子が生まれたころは尚更で、双子として生まれた直哉はすぐに遠い親戚筋の町の商家に養子に出された。

そこにはその前の年に生まれた子どもの乳母が今も養育係として家に留まっていた。その乳母は前の年に生まれた咲子の養育係と直哉の乳母の両方を引き受けた。

直哉が13になった頃、大きな葛篭(つづら)を背たろうた行商の男がやってきた。葛篭には樺細工の茶筒や草木染の布地、和など様々な地方の品物が詰まっていた。それに直哉は夢中になった。中でも打雲の和の美しさは直哉を魅了した。行商の男はその作り方を身振り手振りで丁寧に説明してみせた。直哉は商売なんかをするよりも和職人になりたいと思った。

一方、山奥で育った直樹は家業が嫌でたまらない。山に行って楮(こうぞ)や三俣を取ってくることは好んだが、家に篭って笊(ざる)を振り、に仕上げるその工程か嫌でたまらなかった。どうにかして逃げ出す手立てはないかと仕事を終えて紫に染まった山を眺めてはそんなことばかり考えていた。

ある時、奥深い山里に行商人がやってきた。行商の男の葛篭には町で作られる簪やお手玉、万華鏡など、直樹がそれまで見たこともないような色をした様々な品物が詰まっていた。中でも直樹は万華鏡に魅せられた。それを覗くとそこには信じ難い光の宇宙が煌めいていた。

「どにかしてこのどん詰まりから抜けるすべはないもんだべか」

そんな独り言を耳にした行商の男は直樹に言った。

「どうだね、わしと一緒に行商をしてみる気はないか」

こんないろんなものを扱うのも悪くない。きっと楽しいに違いない。直樹は二つ返事で受け入れた。

行商の男の小さい葛篭を背たろうて山を越えて行く途中で直樹は里を振り返った。あの山には今日も梔子(くちなし)の花が咲いていよう。

「とさま、かさま、じさま、ばさま、おれは町の子になるでな」

直樹は山のてっぺんでもう一度里を振り返った。

「も紙やら漉いてる時代やないでな」

山を下りて直樹は町で生きていく腹を決めた。


町に着いたら行商の男はうどん屋に入った。

「たんと食いな」

その白い蕎麦は黄金色の汁の中でつやつや光っている。町にあるものといったらみな輝いている。直樹はそう思った。

「行商さん、すまねがおれはここでこの金色を作る仕事がしてえ」

行商の男は快く了解してくれた。

行商の男は注文のあった和を直哉が住む商家に納めに行った。

「行商さん、私をこのを作るとこに連れて行ってください」

行商の男は快く了解した。町で品物を仕入れた行商の男は直哉を伴って山に向かった。直哉は町を出るときにも山を越えるときにも一度も町を振り返らなかった。

村に着いた直哉をみて、神隠しから帰ってきたとみなが驚き喜んだ。

直哉はあまり話さなかった。言葉がよくわからなかった。


うどん屋に丁稚(でっち)に入った直樹はその白いを愛おしく思っていた。

ある日、直樹はある商家に出前にやられた。うどんを持っていくと、店の者たちは直樹を見て喜んだ。

「お坊っちゃまが帰って来なさった」

直樹はうどん屋から商家に引き取られ、店の仕事を覚え始めた。しかしいくら教え込まれても町の言葉は身に着かなかった。

「この言葉がある限り、おれは町の人にはなれん」


直樹は商家を飛び出して山に向かった。バスの終点でも、山を越えるときも直樹は一度も町を振り返らなかった。

久しぶりに家に帰ると自分がもうそこにいた。直樹は山にいる間に天狗に呪い(まじない)をかけられたと思った。

しかし、とさまも、かさまも、じさまも、ばさまも、なにも言わなかった。


直樹は山に入っては木の苗を植え、に適した木を採ってきた。それを繊維になるまで叩き、糊のようになるまで茹でた。直哉はそれを笊で掬って見事な和に仕上げた。

直樹と直哉は仕事を終えてから、よく並んで山を眺めた。直哉は連なる山々の紫の色が打雲の色形なのだと悟った。直樹は今年もきっと梔子の花が綺麗に咲くだろうと思った。

バスも通わない山中の村でも双子を共に育てるのは良くないという習いはいつしか消えて無くなっていた。


*打雲紙・・・和紙に波のような文様を施したもの

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