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1979年のシングルファーザー

映画「クレイマー、クレイマー」
言わずと知れたアメリカ映画の名作で、映画監督や脚本家を目指す人にとっては確実に糧となる作品です。脚本家・尾崎将也氏の著書「3年でプロになれる脚本術」でも、分析するべき100本に挙げられています。
映画は分析に向いている作品と向いていない作品があり、向いている作品に共通する特徴は、方式どおりの構成と明確なキャラクター設定です。
以下、簡略にですが、脚本面で分析してみます。

クレイマー、クレイマー Kramer vs. Kramer
1979年/アメリカ合衆国/105分
ロバート・ベントン監督

Ⅰ構成の分析

1)発端部:主人公の日常
登場人物(女)が子ども部屋で男の子を寝かしつけたあと、急いで荷造りを始める。詰め込むのは自分の物だけ。
マンハッタンの夜景が見渡せるオフィスで、登場人物(男)が上司であろう年配の男に愛想よく話している。話題は高価なバーバリーのコートを買うかどうか。同僚が帰宅するので、ようやく時間に気づき、男と上司は一緒にオフィスを出る。帰り道、男は上司から新規事業の責任者に抜擢するとオファーされる。
→男は会社でうまく立ち回っていること、女は男の子が寝てしまうと家で一人きりぼっちであることが分かります。

2)展開部①:主人公は攻撃を受ける
荷造りを終えた女のところへ、男が「ただいま」とやってくる。つまり、ここは男の自宅。男と女は互いに「ジョアンナ」「テッド」と呼び、二人の名前と夫婦であることが判明。
ジョアンナは「話がある」と言っているのに、テッドは話を聞かずに仕事先へ電話する。→テッドは家庭より常に仕事を優先する
ジョアンナは別れを切り出し、追ってくるテッドを振り切って、リフトに乗って去る。隣人(マーガレット)が心配してやってくるが、テッドは「仕事が忙しいのにどうしてくれるんだ」と八つ当たりする。
→テッドはジョアンナよりも自分の仕事の心配をする
翌朝、テッドは男の子(ビリー)に起こされるまで寝過ごし、朝食のフレンチトースト作りにも失敗して、ビリーに八つ当たりする。小学校の前までビリーを送り、「おまえは何年生だ?」と聞く。
→テッドは家事などしたことなく、我が子の学年も知らなかったと分かります。

☆主人公テッドのスーパーオブジェクティブ=「ビリーを守り、育てること」の確立
テッドは外部からの攻撃を受けながら、スーパーオブジェクティブに向かって、貫通行動する。

3)展開部②:主人公は闘う
テッドは上司に妻の家出を打ち明け、子育てをしても、仕事を疎かにしないと上司に約束する。テッドは帰宅後も仕事をする。
ビリーのお迎えがあるテッドは会社のパーティーに参加できず、ビリーのお迎えにも遅れてしまう。ビリーはふてくされて、食事をとらないでアイスを食べて、テッドとビリーは大げんかをして、本音でぶつかる。テッドはビリーに「自分は決してビリーを置いて、出ていかない」と誓う。
テッドとビリー、男二人の生活がルーティン化していく。
テッドは母親が圧倒的に多い保護者に混じって小学校の演劇発表会を参観する。休日はビリーと出かけて、ビリーの成長を写真におさめる。いっぽうで会社では会議に遅刻、仕事でのミスが目立つようになる。
→テッドは変化していきます(シングルファーザー生活の定着、仕事>家庭から仕事<家庭へ)

4)展開部③:主人公は再び激しい攻撃を受ける
ビリーが公園で大けがを負う。テッドはビリーを抱えて病院へ駆け込み、手術に立ち会う。テッドはマーガレットに「もし自分が死んだらビリーの面倒をみてほしい」と頼む。
18カ月ぶりに連絡をよこしたジョアンナと、ビリーを巡って大げんかする。
テッドとジョアンナは裁判でビリーの親権を争うことになり、テッドは高額を支払い、弁護士を雇う。
クリスマス直前、テッドは上司から解雇を宣告され、失業する。
→テッドは外部環境からこれでもかと攻撃を受けながらも、ビリーを守る父親として行動していきます。

5)展開部④:主人公は受けて立つ
失業の身では裁判に勝てないテッドは一日で就職を決めるが、年収は落ちてしまう。テッドはビリーを連れて新しい職場を見学する。ビリーは高層ビルにあるテッドのオフィスを見て、テッドを誇らしく思う。
年明け、裁判が始まる。
前の職場で仕事に失敗し、現在の年収は減り、ビリーに大けがを負わせた事実から、裁判はジョアンナの勝訴となる。テッドは上訴を望んだものの、ビリーを法廷に立たせることだけはできないと、判決を受け入れる。
テッドはこれからはジョアンナと暮らせるようになるとビリーに告げる。
→テッドはビリーと引き裂かれますが、ビリーを守り、育てるというSVに向かって行動します。

6)クライマックス
いよいよ、ビリーが家を出る当日。
テッドとビリーはいつものルーティンでキッチンへ。フレンチトーストを作る手順は手慣れたものになっている。テッドは泣くビリーを抱きしめる。
チャイムが鳴って、テッドだけ、ジョアンナにロビーまで呼び出される。
ジョアンナは「ここがビリーの家だから、連れていかない」とテッドに告げる。テッドはジョアンナにビリーと会うように促し、ジョアンナはリフトに乗り、ドアが閉まる。
→主人公の貫通行動の完結

Ⅱ主人公のキャラクター

主人公はテッド・クレイマー。
主人公のスーパーオブジェクティブ(超目標)は息子ビリーを守り育てることです。
妻が家を出たと会社に報告すると、上司は親戚にあずけるよう進言しますが、テッドはそうしませんでした。
テッドはどうして、子育てを投げ出さなかったのでしょう?
テッドはあきらめない人です。再就職を一日で決めるガッツがあります。仕事にのめり込んだのも、元々は家族のためでした。では、テッドのあきらめないキャラクターはどこからきているでしょうか。
劇を通してテッドのプロフィールについて分かることは、年齢は30歳前後。
ブルックリン育ち。学歴は高卒。
高校卒業後、広告制作会社に郵便係として入り、15年間勤め、最後は大手クライアントの担当になったが、解雇され、クメール商会に転職。
いわゆるエリートではなく、努力で這い上がってきたタイプです。
また、酒を飲んで酔っ払ったり、暴力をふるうタイプではありません。
趣味は写真で、ビリーやジョアンナの写真を飾っています。

冒頭ではいやな夫そのものだったテッドが、不器用でも、子育てと仕事を両立しようと奮闘する姿に観客はどんどん感情移入し、共感を覚えていくのです。

Ⅲリフトの扉

この映画では、リフト(エレベーター)の扉が演出に効果的に用いられています。まず、自宅マンションを出ていくジョアンナが追いかけてくるテッドを拒み、リフトの扉を閉めるシーン。
裁判所では、弁解するジョアンナを拒絶するようにテッドがリフトのドアを閉めます。
そして、ラストシーン、ジョアンナはマンションのリフトに乗り込みますが、テッドは乗らず、リフトの扉は閉まります。
テッドとジョアンナは今後、ビリーのパパ、ビリーのママとして接する機会はあっても、二人の関係は隔たっていると、リフトの扉から感じました。

Ⅳ感想

もう何度見たか分かりませんが、何度でもまた見てしまう映画です。
40年以上経っているのに、ニューヨークの町と、ニューヨーカーである登場人物のライフスタイルは現在とかわらず、おしゃれでクールです。スマホやコンピュータはないけれど、リビング、キッチン、寝室にそれぞれ電話があり、職場では個室が与えられます。アメリカントラッドなファッションスタイルも洗練されています。いやむしろ、現在の東京のライフスタイルなんかよりも、よほどモダンで、やっぱりニューヨーカーには憧れを抱いてしまうのでした。

見出し画像は、原宿の秋の景色です。東京は工事ばかりが多いです。