バーチャルな存在が涙を流した日:花譜#33「命に嫌われている。(Prayer Ver.)」
花譜 # 33 「命に嫌われている(Prayer Ver.)」【オリジナルMV】
9月7日、この動画は投稿されました。
もともとは2017年にカンザキイオリ氏が制作した楽曲です。
カンザキイオリ氏は昨年末からずっと花譜のオリジナル楽曲の製作を手掛けてきました。
特筆すべきはその製作ペースの速さと楽曲の素晴らしさであり、バーチャルシンガーとしての花譜の存在をより高い次元へ押し上げました。
6月には花譜×カンザキイオリの楽曲が映画『ホットギミック ガールミーツボーイ』の主題歌として使われたことでも話題になりました。
昨年末からいくつもの楽曲が提供されてきましたが、以前からカンザキイオリ氏「命に嫌われている。」の花譜によるカバーはファンの熱望していたことでもあります。
今までに花譜が「命に嫌われている。」を歌ったのは、ライブのみ。それも一回限り。それが先日、一本の動画として形になりました。
動画公開前からツイッター上での期待は高く、誰もが「最高の出来に決まっている」と呟きました。
しかし、それどころではなかったと、私は思います。
この動画は間違いなく、バーチャルシンガーの世界を変えるものです。
~「命に嫌われている。」はどう歌われてきたか~
今までのオリジナルVer.は、どちらかといえば叩きつけるような激しい歌唱と感情を抑えこんだ囁くような歌唱の緩急が胸に迫るものでした。また、多くの歌い手やVtuberが同様の歌い方をしています。
是非ともここに、素晴らしい例を挙げさせてください。
〇道明寺ここあ
【MV】命に嫌われている。 歌ってみた - 道明寺ここあ【初音ミク/カンザキイオリ】
→緩急という点では、これ以上ないくらい激しさと静かさを持った歌い方です。動画としての完成度も高く、最後まで見入ってしまう素晴らしいものです。
〇獅子神レオナ
命に嫌われている。 / vo.獅子神レオナ
→残念なことに現在非公開となっていますが、彼女がYoutubeに現れたときに最初に歌った曲でした。稀に見る歌唱力と表現力に私は心を打たれ、それからずっと彼女のファンです。またどこかで聴けることを切に願います。
〇富士葵
【歌ってみた】命に嫌われている。/初音ミク/カンザキイオリ【富士葵】
→貫くようなハイトーンボイスがたまりません。「ずっと一人で笑えよ」だけを切り取るのであれば、他の追随を許さないほどに高音をしっかりと捉え、かつ堂々と伸びていきます。優しい声と、強い声。その使い分けも素晴らしいです。
では、花譜の歌唱はどうだったのでしょうか。
今回公開された動画はカンザキイオリ氏自身がアレンジしたもので、動画タイトルには「(Prayer Ver.)」と記載されています。
Prayerは「祈る人」や「祈祷者」と訳せそうですが、英語圏での意味としては『祈り』となります。
このアレンジでの特徴として、原曲のバンド演奏的な激しいサウンドではなく、ピアノとアコースティックギターをメインに据えた落ち着いたサウンドが挙げられます。また、この動画での花譜は、絶叫的な歌唱ではありません。彼女だけの声で、彼女だけの表現で……切実に、語り掛けるように歌いあげます。
~『生きろ』という祈り~
原曲の「命に嫌われている。」と今回の「命に嫌われている(Prayer Ver.)」は、まったく別の音楽作品のようです。
花譜の歌うこの曲は、「生きたい」と思う孤独な人間の歌ではなく、「生きてほしい」と祈る人間の歌のように聴こえます。
個人的な感想で恐縮ですが、私は今まで、この歌をひとりぼっちの人間が自分自身に歌う曲だと思っていました。ひとりで部屋にこもり、ひとりでメディアを嫌悪し、ひとりで鬱々と日々を呪う……けれど、どうしても希望を捨てられずにいる、そんな人物像をイメージしてきました。
今回の花譜のカバーも、同じような印象を抱きました。
4:00までは。
動画は初め、河川敷や川の流れ、遠くを走る列車、夜の街といった風景に花譜が佇むイメージが続きます。それは今まで彼女の動画によくみられた表現でした。花譜の姿が現実に溶け込んでいる姿は、非常に儚く、抒情的なものです(花譜の動画は川サキさんが担当されています。本当に素敵で、私はいつも見惚れてしまいます)。
しかし、ラストのサビ前で唐突にホワイトアウトします。
4:00。
その瞬間、白い霧のなかから花譜が姿を現します。
涙を両目に湛えて、花譜が歌います。
絶唱し、涙を流します。
あまりにも自然な涙でした。花譜がバーチャルの存在であることを忘れるほどに。しかし、この表現は適切ではないのかもしれません。
あの涙のあとでは、花譜はどうみても、生きている人間なのです。
痛み、悲しみ、苦しみ……それでも誰かのために歌うひとりの歌手だったのです。それはまさに、祈りを捧げるひとりの人間のように……。
こんなにも生々しいバーチャルな存在が、今までにいたでしょうか。
花譜は、
「命に嫌われている」
「明日、死んでしまうかもしれない」
「すべて、無駄になるかもしれない」
そう思う人々に向けて、
「夢も明日もいらない」
「君が生きていたならそれでいい」
そして、
「生きろ」
と涙を流します。
花譜は、画面のこちらにいる私たちに、涙を流しながら切実に語り掛けるように歌います。
「命に嫌われている」と嘆く誰かに向けて、「生きろ」と絶唱します。
生きることの辛さや苦しさを抱える人々に向けて、どうすることもできないけれど、ただ生きてほしいと強く思う。ただ純粋に、『君』に生きていてほしいと願う。そんな「生きろ」…それは祈りそのものだと私は思います。
花譜の声はどうして人に癒し以上の感情を抱かせるのでしょうか。ただの良い声、良い歌い方にとどまりません。
花譜の歌はひとに寄り添う歌です。
カンザキイオリ氏が今回のアレンジに「Prayer」という言葉を選んだのは、そんな花譜への認識が込められている気がしてなりません。
~進化を続ける花譜~
カンザキイオリ氏は今回の動画を発表する際のツイートで、花譜のことを「最高の化け物」と称しています。今の私たちは、それ以外に呼び表す方法を知りません。花譜はどこから現れたかもわからず、どこへ向かっていくかもわからない、音楽界の化け物です。
そして、これからより化けていくものでもあると思います。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
この記事が、多くの人が花譜を知るきっかけになれば幸いです。
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