【1995年のこと】終わりなき日常の終わり:小沢健二の5枚のシングル、ソウルフラワーユニオン「満月の夕」、そしてスチャダラパー「5th wheel 2 the coach」

 思い出を音楽の話と絡めて年ごとに綴っています。できるだけ記憶に基づき、詳細な事実関係の調査はしない方針で書いてます。
 95年は「阪神淡路大震災」と「オウム事件」の年。まずそれに触れない訳にはいきません。1月17日朝、会社の寮の食堂で見たときには、行方不明者数名火災も発生しているようです、というニュースだった。自分はそれが示す恐ろしさに気付かなかった。情報が伝わらないほどの惨状。会社で、午前中にある業者さんに電話を掛けた。関西が本社の業者さんだった。「いや本社が倒壊しまして全然連絡が取れないんですよ」と言われた。愕然とした。本社が倒壊・・・?
 それに「オウム事件」。地下鉄サリン事件後の一連の事件。幹部がカメラの前で刺殺され、別の幹部はひたすらに詭弁を弄する。そして次第に明らかにされる警視総監の狙撃事件や弁護士誘拐などの犯行の数々。それはまるでフィクションだった。サブカルチャーがメインカルチャーを浸食しているかのような感覚があった。それをそのまま流すしかできないテレビの、言葉の空虚さ。
 この年、自分は就職2年目で、不満はあったけど仕事は忙しくて楽しかった。だからか、これらの出来事からの影響はじわじわと感じていながらも、まだまだ直接的には響いてきていなかった。
 個人的には、95年は自分にとっては小沢健二の年だった。年間を通じて次々にシングルが出てそのどれもが素晴らしかった。1985年の佐野元春のシングル3連発「奇妙な日々」「シーズン・イン・ザ・サン」「冒険者たち」を思った。ちょうど10年前だ。(関係ないけど「奇妙な日々」はシングルバージョンの方が好き。アルバムバージョンは佐野さんのサービス精神がちょっと裏目にでたというか。シングルバージョン、MOTO SIMGLESに入ってるのでぜひ聞き比べてみてください。)
 この時期のシングル群は「LIFE」の曲たちと一線を画してると思っている。恋愛にフォーカスしきって近景というか顔しか映っていない感じの「LIFE」の曲と違い、95年のシングル群はもう少しカメラが引いてる感じで全身が映ってる。景色が見渡せる。95年のシングル群は「LIFE期」ではくくれない。じゃあ「刹那」期って呼べばいいじゃんって? いや「刹那」はアルバムとして聞くとなんかしんみりしてしまうんですよね、なぜか。個々のシングルは良いのに、このアルバムはちょっと、と思ってしまう。しかも佐野元春の場合と違って「刹那」のしんみりは意図的だと思う。
 年初、「カローラIIに乗って」発売。可愛い曲なんだけどちょっと怖い感じがして、当時、メロディが中島みゆき「おまえの家」に似てると思った。「今夜~、僕のカローラIIで~」のあたりとか、最後のフェードアウトとか、なんか怖いんですよね。
 そして2月の終わりに出たのが「強い気持ち・強い愛」と「それはちょっと」のカップリング。これは最強。とにかく強い歌詞がストリングスアレンジとホーンアレンジでぐいぐい盛り上がる「強い気持ち・強い愛」。大体こんなタイトルあります? 最高です。「全てを開くカギが見つかるそんな日を探していたけど、なぁんて単純で馬鹿な俺」の歌詞も良いし、そして後半の転調! そこの優れた四行詩のような歌詞! この四行に「犬」アルバムと「LIFE」が全部入ってるんじゃないか。そして一転しての「それはちょっと」のとぼけたモテ男くんも良かった。「ひょっとしたら、って思うよ」からの展開、「銀婚式、お葬式って」ってさらっと死を盛り込んでしまう。ところでこのシングルにはカラオケが入ってない。これは当時としてはかなり珍しいことで、それにも意味があるように感じました。
 次に「ドアをノックするのは誰だ?」を挟んで、5月に「戦場のボーイズ・ライフ ボーイズ・ライフ pt2.この愛はメッセージ」。これは「戦い」の歌、「勇気」「挑戦」「勝つと信じる」の歌。小沢健二がこんなむき出しの闘志を見せる歌詞は珍しいな、と思った。そしてここでも後半の転調。「そしていつか夏のある日太陽の当たる場所へ行こう」。口ずさむと涙ぐんでしまう。天国にいる感じすらする。でも歌詞は最後にまた暗闇の中に戻ってくる。だからこそ勇気が出る。最近ラジオでこの曲には阪神大震災の影響があるのではないかという指摘を聴いた。だからこそのこのむき出し感なのかもしれない。
 そしてちょっと間をおいて11月、自分の人生における何曲かある心のベストテン第一位「さよならなんて云えないよ」発売。これは今でも折に触れて聞く曲です。特にドライブしていて海が見えると必ず聞く。「左へカーブを曲がると光る海が見えてくる」。ここも良いのだけど、これに続く「ぼくは想う この瞬間は続くと いつまでも」が当時はすごいと思った。「ぼく」は果たして「この瞬間はいつまでも続く、と想う」のか、「この瞬間は続く、といつまでも想う」のか。これ、実はまったく意味が逆なんじゃないか。そしてきっと両方の意味を込めたんだろう。そして、最後の一行の「高い山まであっという間吹きあがる北風の中僕は何度も何度も考えてみる」の場面は、「強い気持ち・強い愛」の最後の場面を思わせる。つまりこの2曲は呼応していて、ここで一つの円環が閉じたのだ。この寂しさと清々しさ。この時期、編集テープを良く作って、自分は必ず「強い気持ち・強い愛」のあとに「さよならなんて云えないよ」を入れていたのだけど、2017年以降のライブで「さよならなんて云えないよ」の後に「強い気持ち・強い愛」を歌うのを見た。これは目から鱗が落ちた。この順番で円環が開いてもいいんだと。そう思うと「さよならなんて~」は「強い気持ち・強い愛」を包括しているし「強い気持ち・強い愛」は「さよならなんて~」を包括していると想えた。
 そしてそのわずか1か月後には「痛快ウキウキ通り」と「流れ星ビバップ」。95年のシングル群を締めくくる佳曲。「痛快ウキウキ通り」は「LIFE」期にも似た恋愛の歌詞だけど「喜びを他のだれかと分かり合う それだけがこの世の中を熱くする」の一文があることでまるで感触が異なる。なんて思っていると、「それで、いつか君と僕とは出会うから」って、まだ出会ってないのかよ!笑。そして、なんといっても「流れ星ビバップ」。こちらは大人になることの痛みを振り返る歌。「激しい言葉をとらえる言葉をロックンロールの中に隠した」というパンチライン。高速に詰め込んだ言葉はラップのようでもあって新しかった。それに、比喩と描写が交差するような、感情と観察が交じり合ったような素晴らしい歌詞。
 いま聞くと、これらのシングル群に95年の空気は反映されていると感じる。でも当時は違った。自分は仕事に生活に精いっぱいの日々で、ともすれば時代の空気に鈍感になっていて、時代の空気とこれらの曲の関係には思い至らなかった。でもこれらの曲たちは、そんな自分にでも背中を押して寄り添ってくれ、そして考えさせてくれた。
 このころの自分は関東地方の田舎の街に暮らしていた。週末によく電車に乗って1時間半かけて東京にCDを買いに行った。でなければ付き合ってる人がいる東北の街へ遊びに行った。スピッツの「ハチミツ」が出たのは確か夏だったと思う。東京で買って東北新幹線で聴いた。でも「ハチミツ」に収録されている大ヒットシングル曲「ロビンソン」はカセットやCDで聞いた記憶よりも、街やお店で偶然耳にした時の方が印象が強烈だったと思う。遊びに行った本屋さんや、温泉で温まった体を冷やしている椅子、駅まで送ってもらう車の中、お酒を買うために入ったコンビニ。「ロビンソン」には偶然に耳にした時、周りの空気感を一変させる力がある。そして東北の涼しい風とスピッツは良く合っていた。よく、日曜日FMで17:00からの松任谷由実の「サウンド・アドベンチャー」の、恋愛相談のコーナーなんかを聴きながら、駅まで車で送ってもらった。そんな時代だったな。
 渋谷系のムーブメントも最盛期だったけど、でも同時に変化の兆しを見せてもいた。例えばコーネリアスの「69/96」。96って入ってるけど95年の作品。「コーネリアスのファーストとピチカートファイブこそが渋谷系!」と思っていた自分はかなり面食らったけど、良いアルバムだったから何度も聞いた。「ムーンウォーク」のカセットを探しに、渋谷のCDショップをはしごしたのも良い思い出。カセットは売り切れで買えなかったっけ。ブリッジも解散してしまった。
 オウム事件はサブカルチャーの死を導いた。いわゆるオタクカルチャーの一部はこの事件を通じて死んだ。春頃に発生した一連の事件のあと、夏から秋にかけてたくさんの文化人が後悔と反省と戸惑い表明していた。
 阪神大震災の現場からは、ソウルフラワーユニオンの「満月の夕」がシングルで出た。これは衝撃的で素晴らしい曲、そしてロックだった。「飼い主を亡くした柴が、同胞とじゃれながら道をゆく」。破壊の後の解放感を歌ってしまっている。でも同時に「現場で必要とされる音楽」になってる。いわば、終わりなき日常の終わりを歌っている。
 ただ当時の自分には「満月の夕」の開かれ方よりも、スチャダラパー「5th wheel 2 the coach」の「好きなものには巻かれていたい。(中略)嫌いなものは特にない。あるのはどうでも良いものばかり」という感覚の方が、まだまだリアルだった。90年代前半からの、いわゆる「終わりなき日常」感覚がそのまま続いていた。あの「大予言なんて当たらなかったね、日常はずっと続くんだな」という気持ち。ほんとは「終わりなき日常」はこの時点で終わっていたのだけど、自分にはまだまだ沁み渡っていなかった。そんな時代のお話でした。


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