【1992年のこと】米国滞在記。そしてフリッパーズ・ギター「Singles」、REM「Automatic for the people」、佐野元春「Sweet16」。

1992年の11月、自分は1か月間アメリカに滞在しました。その時のエピソードと当時の聴いてた音楽を絡めて書こうと思います。滞在したのはワシントン州の町。ワシントンDCではなくワシントン州。アメリカの北にある田舎の町です。

行きの飛行機は殆ど夜で、中継のシアトル空港には朝の到着。フラフラと乗り継ぎをこなしなんとか到着、あてがわれた部屋に転がり込み、矢も楯もたまらずにベッドで眠りこんだ。起きたら夜で、時差ぼけ調整大失敗。そんなスタート。

ところで、1992年の11月とはどんな月だったでしょうか? 答えは、クリントンがパパブッシュに勝利して大統領になった月です。そんな頃のお話です。携帯はもちろんないし、メールも使われてない。(メールは、実は一部大学の情報センターでは使われていました。チャットシステムもあった。でもアメリカで日本語は打てなかった。)

自分の興味ある国内の音楽でいえば、佐野元春がコンピレーションの「Slow Songs」の後に「Sweet16」をリリース。1991年のフリッパーズ・ギターの解散はショックだったのだけど、アルバムはまだまだ咀嚼しがいがあったし、レアトラック集「カラー・ミー・ポップ」とライブテイク集「続・カラー・ミー・ポップ」とシングル集「シングルス」という、後の評判は良くない3枚が出て、自分はこれもけっこう好きだった。特にレアトラック集で初めて聞いた4曲(「ラブ・トレイン」、「スライド」、「ラブ・アンド・ドリームズふたたび」、「クラウディ」)が素晴らしかった。「カメラ・トーク」から「ヘッド博士」に至る道程のミッシングリンクという感じ。特に「ラブ・アンド・ドリームズふたたび」は「今何時か知ることより時計の中を見てみたいから」という歌詞が好きで、今でも自分のフェイバリットソングです。まあつまり、自分はシングル「ラブ・トレイン」と「ファブ・ギア」の存在をこの時まで知らなかった訳です。ネットのない時代は、そんなものでした。

到着した頃は、テレビは大統領選のニュースでいっぱい。ところが自分、テレビの英語が全然理解できない。どうやらクリントンが勝ったという事は理解できたという程度。やばい。思ったより英語が理解できないのには本当に焦った。特にヒアリングが全然ダメで、ちょっと落ち込んでいました。ただコミュニケーションに困るかというと実は全然そんなことはなかった。みんな優しい。こちらのヒアリングが駄目だと判断すれば、ちゃんとそれなりの言葉に切り替えてくれる。あと、とにかく話しかけてくれる。レジのお姉さんも食堂のあんちゃんも初めて会う自分に、まず「Hi!」から入って「How are you?」「What’s goin'?」とあいさつしてくれる。これは有難かった。そして上手く返せないと手加減して話してくれる。ただ如実にそれが判ると、それはちょっと辛い。「英語でちゃんと挨拶からの会話ができる」ことがアメリカ人の最低限の条件なんだなあ、と思った。事前に英語準備したはずなのに全然ついていけてない。とほほ。

それで、少しでも自信を取り戻すために歌詞を知ってる曲を聴きたくなり、売店でTalking Headsのベスト盤「Sand in Vaseline」を買いました。むかし聞いてよく知ってるバンド。加えて歌詞も聞き取りやすかった記憶がある。ということで、2枚組のこのアルバムを、ウォークマンで聴くためにカセットで買った。そんなに高くなかった。(円高でもあった。)図らずも、収録曲の「Big Country」の冒頭のアメリカの描写、まさに飛行機の窓から見えた情景そのものだった。沁みた。繰り返し聞いた。

MTVで毎月様々なアーティストが「Unplugged Live」をやってた時代でもあった。エリック・クラプトンの「Tears In Heaven」が有名な、月替わりでビッグネームがアコギでしんみりやる感じのあれです。これをTVで見ることができるのを楽しみにしてました。自分が滞在する月のUnpluggedは誰だろう。しかしTVで予告のコマーシャルを見てびっくり。アーティストはブルース・スプリングスティーン! これはいい。ただ、ボスはUnpluggedがお気に召さないらしく、この月は特別に「Plugged Live」。TVでは「MTV Unplugged」ってあのロゴが出た後に、わざわざUnのところにバッテンが打たれるというコマーシャルを繰り返してた。それってつまりは、普通のライブじゃん! がーん。といいつつ、凄く良かったです、ボスの普通のライブ。

今思えば、これもブルース・スプリングスティーンのアティチュードの一つだったのかもしれません。というのも、当時のMTVでは、ダンスミュージックが流行っていた。TLC、アン・ヴォーグ、ボーイズ・II・メン、ホイットニー・ヒューストン。残念ながら、当時の自分はあまり惹かれない音楽だった。残念な自分という意味も込めての「残念ながら」です。特にアン・ヴォーグはよく耳にした。シュポタタタタタタ。

そんな中、流しっぱなしにしたMTVから聞こえてきたREMの「DRIVE」。鐘の音のような重厚な暗い音色のギターの中つぶやくように歌う。「Hey, Kids, Rock'n Roll」。これは響いた。かっこよかった。そうですよね! ロックンロールですよね! マイケル・スタイプ先輩! 購入決定! アルバム「Automatic for the peaple」買いました。カセットウォークマンしかないので帰国しないと聴けないと気づいたのは買った後のこと 笑。(帰国して聞きまくった。素晴らしいアルバムだった。)

そんなこんなで、2週間もすると生活にも慣れてくる。英語もそれなりに聞き取れて、レジでの会話にも慣れてくる。週末に町の繁華街に散歩。小さな町で、大きめのスーパーマーケットとレストランが何件かある程度だけど、映画館とレンタルショップはあった。映画館では「リバー・ランズ・スルー・イット」をやってた。(見れば良かった。)

友人に車に乗せてもらって、アメリカンフットボールの試合に連れて行ってもらったりもした。友人にアメリカンフットボールのことを日本では「アメフト」って言うんだと言ったら大笑いしてた。「A-ME-FU-TO! ハッハッハ。Cute!」。フットボールの試合には彼のバツイチガールフレンドのティーンエイジャーの子供さんも来たのだけど、右半分がスキンヘッドで左半分が逆立てヘア、思春期まっさかりの不貞腐れた少年で、怖そうなラップが流れるラジカセを肩に担いで現れた。ビビったけど、話したらシャイな良い子でした。

その友人が「日本の音楽ってちょっと興味あるんだけど」っていうので、持ってきたカセットを貸してあげたことがある。フリッパーズ・ギターの「シングルス」、佐野元春の「スロー・ソングス」、そしてたまの「ひるね」の3本。数日後、感想を聞いてみたら「2本聴いた。SANOって書いてるテープ、あれは良かった。CSN&Yみたいだった。クール。」って言ってた。おお、ちゃんと聞いてくれたんだ、って感動しました。「次にTAMAって書いてるのを聞いたんだが・・・。」というので「どうだった?」って聞いたら、小声で苦し気に「Strange...」って言ってて面白かった。気に入ってくれたみたいなので、カセットは全部あげました。たまのショックで、フリッパーズは聞いてもらえなかったかもしれない。

3週間もすると、初め日本語で考えた事を英語に直してる感覚だったのが、徐々に頭の中も英語で考えるようになってきた。これは貴重な経験だった。OS切り替えみたいな。

北の街なので、11月も後半になると、雪が降ってくる。「ついに雪まで降ってきたよ!」というノリで「It snows, finally!」って言ったら、「No. It just begins.」って言われた 笑。また、町で友人と信号機待ちをしてる時のこと、歩行者用の信号の「DON’T WALK」を指さし、「’DON'T WALK’ってどういう意味か知ってる?」っていうので「うーん、’WAIT’?」って言うと、「No. It means...... ’RUN’!」って言って、友人がいきなり走りだしたこともあった 笑。車なんてほとんど走ってない田舎の街ならではのジョーク。

そして帰国間際、道を歩いていて思ったことがある。訪米前は、1か月もアメリカで暮らしたらもしかしたら「違う自分」を見つけることができるかもしれない、と思っていた。実際、頭の中が英語になったとき、少しだけそういう感覚があった。だけど、そういう表面的なことが収まってくると、やはり確固たる自分が戻ってくる。自分は自分以外にはそう簡単にはなれない。どこかに行けば何かになれるという問題じゃないんだ。どこへでも行けるけれど、それだけではどこにも行けない。

いよいよ帰国。当時の飛行機は個人用のビデオはなくて、決まった時間にスクリーンを張って窓を閉めてみんなで同じ映画を観るシステムだった。安い飛行機を取ったので英語のセリフに中国語の字幕。全くわからない 笑。

帰りはずっと昼。合間の時間に窓の外の真っ青な空を見ながら、ウォークマンで佐野元春「Sweet16」を聴いていた。「ボヘミアン・グレイブヤード」の中で、佐野さんはこう歌う。

僕はどこへでも行けるさ

けれど僕はどこにも行けない

(中略)

まるで夢を見てたような気持ちだぜ

響きましたねー。場所を変えることで何かを期待していた、そんなボヘミアンは墓場へ行った。場所じゃない。どこでも同じなんだ。地面に足をつけて歩くしかないんだ。そう、まるで夢を見てたようだ。

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