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【七転び八起きの五起き目④】

【七転び八起き】マガジン

 7月の中富良野はここが人類の最終目的地なのか?ってほど人が集まってくる。ピーク時にはラベンダー畑駅っていう駅も期間限定で稼働し、そこにJRが停車するようになり、その駅からぞろぞろと観光客が援軍の如くこちらに向かってくるのが店の窓からも見える。ノロッコ号という早く走らない観光電車も人気だ。
 そのほとんどが外国からの観光客で、ピーク時の公用語は日本語ではなく英語か中国語なんじゃないかと錯覚するほど。

 仕込みのために朝7時に店に着くと、もうすでに何組かの観光客が朝から観光を楽しんでいる。花畑は常時開放されているから何時に来ても見る分には楽しめるんだけど、それにしても早い。
 写真好きは誰もいない花畑を撮りたいから誰よりも早くを目指し、日の出より早くカメラを構えて準備している人たちもいるぐらいだ。
 朝7時頃に仕込みをしていると窓をノックをされピザを買えないかと聞かれる。1人や2人じゃない……何人もだ。どう考えてもオープン前の準備中の雰囲気なのにね。

 片道50km、毎日往復100kmを走る。姉から受け継いだヴィッツが限界を迎え、状態の良いパッソを買った。車はなんでも良かった、中富良野まで無事に着くのであれば。

 7月になるとピザ屋のすぐ横ではとうもろこし屋台がスタートし、茹でたてのとうもろこしを求めて観光客の行列ができる。
 茹でたとうもろこしを高値で観光客に売りつけてるアコギな商売だなんて揶揄する人たちもいるけど、毎日その労働内容を見ていると、ただただ頭が下がるほど過酷であり、その分の対価を貰うのは当たり前だと思うよ。スーパーで売っているとうもろこしとは質も鮮度も違うしね。
 大雨の中でも外国人観光客はとうもろこしに列を作る。雨ガッパに身を包んでとうもろこしを茹で売り続ける男の背中を見て、僕らは敬意を込めてこう呼ぶんだ、『とうもろこしのアニキ』と。
 そこにヒネリはない。

 いよいよ7月を迎え、ピザ屋は恐ろしい状況に……平日でも15万〜25万を売上、週末は30万〜35万。もちろん雨の日はガッツリと売り逃すが、それでも10万は売れる。大雨なのにそれだ、とんでもないとこに来てしまった。
 中富良野の最大のピークは海の日あたりであり、そのタイミングでラベンダー祭りというイベントが行われ、花火も上がり、夕方になってもその日は人が途絶えず、むしろ夕方から人が増えていく。
 記憶が曖昧だけど、海の日は朝8時ぐらいにはもうお客さんが溢れていたから店をオープンさせ、それから夜の7時ぐらいまでずっと行列だったんじゃないかな。道路もずっと渋滞だったと思う。
 夕方5時ぐらいに1度限界が来て、お客さんを並ばせたまま一旦30分閉めますと店を閉め、掃除したり休憩したりしないもどうにもならなかったもの。

 この頃は朝3時に起きて、5時には仕込みを開始するという毎日で、もちろん休日などない。それでも辛いというより楽しいって気持ちのほうが強かった。
 観光地で商売できて良いねってたまに言われるけど、ピザとこの場所の相性が良かっただけで他の商材だったらおそらく失敗してたんじゃないかとも思う。

 恐ろしいことに山場的なピークを超えてもそのままその後は夏休みに突入して、観光地としてのピークは終わらない。
 朝から夕方までずっとこの場所に来るまでの道が渋滞しているのを眺めながらピザを焼く。その向こうには大雪山。

 この眺望は誰にも譲りたくない。

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