バランス

 本を読んでいると、しばしばソテツとかセイタカアワダチソウとか植物の名前に出くわす。
詩なんかをよんでいても、音楽を聴いていても、ミモザだとかツツジだとかおそらく花であろう名前を耳にする。
そうやってぶつけられた単語は、ちっとも痛くも痒くもないのだが、
いや〜な匂いだけが残って色や形は分からぬまま、文字から心は離れていく。
1つも余すことなく理解したいという気持ちと、イメージの流れを止めたくないという気持ちの葛藤。
後で調べようなんて思ってると、大抵文章に飲まれて忘れてしまっている。

 書き手はどこまで受け手のことを意識しているのだろうか。なんて賢い風を装ってみたけど、ほんとは自分が植物を知らなすぎるだけなのだ。顔と名前が一致するのは、大麻とケシ。育てちゃいけないからね。
伝聞するところでは、占い本を出した出版社に「奇数偶数がわからない」と問い合わせてくる人間がいるらしい。それに対して、「占い本を買うような奴らなんだから奇数偶数なんかわかるわけねぇだろ」という辛辣なコメントも見かけた。
チャンネルを変えてもクイズ番組しかやってない時代になったけど、テレビ業界は番組を製作する際、視聴者の知識レベルは小学4年生程度と想定している。
確かに小学4年生はゼラニウムわからんよな。
俺も出版社にゼラニウムがわからないとクレームを入れてもいいんだと思った。

 やっぱりそれがどんな物であるか知ってるのと知らないのでは理解度は変わってくるし、知らない単語を分かったフリして進むのも嫌だし、多く出くわすものは知っとかなきゃなと思う。植物図鑑を買って、ベージュのハーフパンツにバケハ、首から虫眼鏡を提げて近所をウロチョロして、生い茂る雑草の斜め上をフラフラカクカク飛び回る黄色の下位ランク蝶の写真を撮りたいし、1つ1つ名前を調べるのもいいなぁとはなるけど、スーパー飽き性なので、1回やったら終わり。あぁ小学生に戻って理科の観察授業受け直したい。絶対楽しく学べる。

 今の気分を手っ取り早く晴らしてくれるのは植物園しかないしなぁと思って、
調べていたら、隣県の国立大が無料で一般開放してる大きめの施設があるとのことで、友人を連れて行ってきた。駐車場は有料。コストコくらい広かった。
入園証をもらってすぐガラス張りの建物に入ったのだけれど、暑いとにかく暑い。暖房が効きすぎて汗をかく感じではなかった。
緑が多すぎて暑いんだと気がついた。
5月とか8月にみるような緑、あの日に照らされている緑が、
脳内に日差しをイメージさせて、イメージだけで体内が暑くなるようだった。
そんなに暑いもんだから、思わず脱いでしまった。
入り口からどんどん奥に進んで植物を見ていくと
「すき、きらい、すき、きらい」と花占いをやるように1枚、また1枚と、脱がされた末、全裸になってしまった。
自分が裸になる夢を見たことがあるだろうか。夢の中で誰も自分が裸である事に気がついていないが、自分だけは気づいていて、バレちゃいけないと局部をなんとか隠そうとしている。誰も裸である事には触れてこない。
それと全く同じ状態だった。係員は黙って座っている。植物は喋りかけてくるはずもない。あれ?本当に自分は裸なのか?それを確かめたくて、自分よりも先に入っていった入園者を探すと、その入園者も裸だった。みんな裸だった。
係員だけは服を着ている。日本にもヌーディストビーチがあるなんて。
ヌーディストボタニカルガーデン。いや待て、ヌードしないビーチがあるからヌーディストが付くんだ。まだヌードしないガーデンはないじゃないか。
これは只のボタニカルガーデンではないか!!!

 皆、全裸で植物を見て回っている。これがハイビスカスかなんて思いながらじっくり解説を読んでいる。
こんなに暑いのに係員はどうして脱いでいないのだろうか。
「すみません、みんな裸じゃないですか、どうして係員さんは脱いでいないんですか?」

「あ、私ですか?」
「そうですねぇ、この暑さの正体ってなんだかわかりますか?その正体に脱ぎたくなる原因があるのですが。」

「正体ですか?何か原因があるんですか?緑が多いと暑くなるんじゃないかと思ってたんですけど。」

「そうですね、緑が多いと暑く感じます。しかしですね、もっと掘り下げると、
その暑さというのは、ここにいる植物たちの語りかけなんですね。」
「もっと言えば圧というか植物の声が私たちに暑さとなって表れているんですね。」

「声?」

「そうですよね。それだけじゃわかりにくいですよね。」
「この植物園は被子植物しか植えていません。」
「本当の自然界ならあり得ないことです。色んな植物のうちある特定のものしか育てておらず、中にはこの地域では育つはずのないものもあるわけですから。」
「いわばこの建物内は架空の地球になっているわけです。この架空の地球に被子植物だけを植えていますから、裸子植物が存在しないですよね。」

「そうですね。」

「それでは自然界の均衡が保てない、被子植物がある分だけ、裸子植物もないといけない。バランスをとらないと壊れてしまう。」
「それがここにいる被子植物の想い、意思なんですね。」
「この想いが、訪れる人間達に暑さというものに変わって伝わっているんですよ。」

「それで暑く感じたんですね。」

「そうです。だから皆さん裸になってしまうんです。皆さんが裸子植物の代わりになっているんですね。」
「お分かりいただけましたか?」

「なるほど。そういう事だったんですね。」
「あれっ?でもそれは僕たちが脱いでる理由であって、係員さんが脱いでない理由ではないですよね?」


「・・・・・・・・・。すみません。」


にゃーん