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23-70. 心を満たすちいさな感動コレクションと、自分のなかの必要悪

最近のマイブームなのですが、心がポジティブに動くこと、「わくっ」とすることをコレクションしています。自分だけのちいさな感動を、日々、書き留めているのです。

それを集めていくことで他者に左右されない「自分がほんとうに好きなこと」が見つかる気がして実験的にやっているのですが、これがけっこう楽しいです。

たとえば、シャワーを使わずに湯船のお湯だけで全身を洗い流す、とか。
化粧水を使い切った瞬間とか、炊きたてのごはんを御ひつに移すとき、断捨離、家族全員で行くスーパー、面倒くさいことが終わったとき、などなど…

めっちゃ地味。笑

と思うのですが、なんとなくこういう日常のなかの、心が動くちいさな感動は尊いなあと思いますし、意識的にそういう些細な感覚に、五感を開いておかないと、喜びに鈍感になってしまうな~と思うんです。ほら、よろこびって、悲しみや怒りに比べると小さくて見つけにくいじゃないですか。笑

あと、最近の2つめのテーマが、自分のなかの必要悪を認める、っていうことです。

自分のなかに、綺麗なものしか見たくない、っていうのがわたしは小さいころから強くあって。正直でありたい、とか、きれいなこころでいたい、とか思っていたのですが、どうしたってあるじゃないですか、ロールパンナちゃんの黒いほうのハートみたいなものが。わけもなく人のことを嫌だなとおもったり、せこい考えがでてきたり、嫉妬がわいてくることもあるわけです。

そういう自分のなかの悪いこころを、見ないようにしたり、ふたをしたり、避けていればいるほど、不思議とそれにとらわれるんですよね。

だから、「これは自分のなかの必要悪なのだ」ということで、受け入れるキャンペーンをしています。わたしの一部なのに、端に追いやったり、見ないようにしてきて、むしろごめん、だったんです。

怒りだって、悲しみだって、自分に見てほしいのです。

こういう感情もあるのねぇ~と認める、っていうことをしていくと不思議と……どうにもなりません。笑

ただ、見てあげるだけで、大きく育たないってかんじです。見ないように抵抗したり、さからっているから、育ってしまってたんですねえ。

そんな感じで、おもしろく、楽しく、工夫をして日々を過ごしています。

意識的に、できるだけ<からだ>を健やかな方へ向けておくだけで、心もすこやかです。無理に変わらなくていいし、相手を無理に変えなくていいのです。どんな自分も、どんな人もそれでOKなんですね。それがようやく本当に分かりかけている気がします。

でも、きっとすぐまた忘れるので、ここに記しておこうと思います。

WLP折り返しました。WLPのおかげでかなりの気づきがありました。受けてくださっているみなさまのおかげなのです。ほんとうに有難いです。


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