見出し画像

考えを整理

仕事をして、朝と夜は育児をする夫と
夫が仕事に行ってから夜寝つくまで育児だけをする私と。

前は2人で育児だったから何も思わなかったのに。
今はなんとなく、負い目を感じる。
育児だけよりも、仕事も育児もしている方が偉いように見える。
疲れた、とか、明日も仕事かー嫌だなーとか、
言われちゃうと
私はまだまだ慣れないワンオペだけど
でも仕事に行ってるわけじゃないしって
弱音を吐くことに制限をかけてしまう。

これは何が要因なのか?
考えてみた。

①世間の価値観

昔からドラマやマンガである、
「男は仕事、女は家事」
みたいな価値観。
それが嫌で、私たち夫婦は結婚前から
男女平等というか性別役割なくやってきたのに。
世間で昔から言われている価値観は
思っているよりずっと根深いのかもしれない。

それで、
男は仕事、なのに
そこに育児もしている…!
でも私は家事と育児だけ、しかも家事は分担。
ていうところにかなり負い目がある気がする。

②夫の仕事の大変さ

持ち帰り仕事が多く、休みの日でも家で仕事をしている。
これはもう、夫の仕事の業界全体がオーバーワークなだけで、夫が仕事ができないというわけではない(と思う)。

家で仕事をして、合間に子どもと遊んで、
私が授乳している間に家事をして、
とやっているのを見ると。
私、何も苦労してないし努力もしてないし
楽な生活をしているな?
夫の方がよっぽど大変だから
私は我慢しないと…
というのが無意識にありそう。

③課題の分離ができていない

①と②は書き出してみると似ていたが
その両方に共通することとして、
夫と私の課題と分離をしきれていない
というのがあると思った。

夫は大変、私は夫に比べたらそんなに。
というのではなく。
夫は大変、私も慣れないワンオペ大変。
と、どっちの意見も尊重する方向で考えたらいい話。
なぜか、夫に比べたら、というのが出てきてしまう。
日本人っぽい。

④私自身の問題

これはもう、私自身の問題というかなんというか。
私が弱音を吐いたときの夫の反応として
考えられるのが
何か同情されたりアドバイスされたり
俺もこんなことあって大変って言われたり
いつもありがとうって労われたり。

そのどれが正解とか間違いとかではなく
弱音に対して何かリアクションをされると
その弱音が強化されてしまいそうな気がして
なかなか言葉にしたくない、のかもしれない。
要は私は、
なんとなくの弱音やらネガティブな考えやらを
自分の中でまとまっていないうちに
言語化したり相手に伝えたりするのは
苦手なんだと思う。

どうしても言語化って
言いたいことが球体状にあるとすると
言語化した部分は線状、よくて面状なので
相手に伝わるのも部分的。
その言語化が相手に伝わった後の反応も
その言語化が自分の頭に残った場合も、
自分の意見が自分の中ではっきりしてしまう。
それまでに熟考していなかった場合
その後出しの考えに全体が覆われて
核心が見えなくなってしまう。
そんな感覚。

まとめ

私が苦手としている言語化を頑張ってみたところ
少なくとも4つは理由が出てきたけど
これはきっと今だからこその理由だし
日常生活を送る中で
気づかないうちに他の理由も見えたり見えなくなったりしてるんだど思う。
日々、振り返りと言語化をしていって
思考を洗練していくといいのかもしれない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?