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イギリス王朝とロイヤル・ネイビー

8日、イギリス女王エリザベス2世が亡くなられました。享年96歳。1952年、父・ジョージ6世が崩御し女王に即位して以来、イギリス史上最長となる70年にわたり在位し、いつも笑顔を絶やさず穏やかな人柄が印象的で、世界中の多くの人々から敬愛されました。
 
1 イギリス王朝
故・エリザベス2世のフルネームは、エリザベス・アレクサンドラ・メアリー(Elizabeth Alexandra Mary)。現・ウィンザー朝の4代目の君主でした。
 
歴代イギリス王朝は、11世紀中盤まで遡ることができます。近代では、ハノーヴァー朝のヴィクトリア女王時代(在位:1837‐1901)に大英帝国が繁栄期を迎え、サックス=ゴーバーグ=ゴータ朝を経て、1917年から現在のウィンザー朝となりました。
 
また、日本の皇室(注1) とは、約150年に及ぶ交流の歴史があるといわれています。エリザベス女王の国葬に参列するため、天皇陛下が即位後初の海外訪問先となるイギリスに渡航されました。
 
(注1) 王室と皇室の違いについては文末を参照
 
2 イギリスとは
一概に「イギリス」といっても、その形態には幅があります。先ず、そのことから整理したいと思います。
 
(1) 連合王国
一般に、「イギリス/英国」といえば、連合王国(UK:The United Kingdom)(注2) のことを指します。
 
下図のとおり、ブリテン諸島(British Isles)は、グレートブリテン島とアイルランド島の2つの大きな島と、その周囲の大小の島々から成っています。このうち、イングランド、ウェールズ、スコットランド及び北アイルランドが、連合王国を形成しているのです。
 
(注2) 正式名称は、「グレートブリテン及び北部アイルランド連合王国」(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)

ブリテン諸島(Britannica

現・イギリス王朝は、後述する15か国の君主にもなっています。加えて、3つの王室属領と14のイギリス海外領土を有し、かつての大英帝国が「日(太陽)の沈まない帝国」(The empire on which the sun never sets)と言われた所以にもなっています。
 
(2) イギリス連邦

イギリス連邦(Commonwealth of Nations)とは、イギリス帝国のほぼ全ての旧領土である56の加盟国から成る経済同盟のことであり、通称「コモンウェルス」と言います。
 
コモンウェルスは20世紀前半、大英帝国の脱植民地化に伴い自治権が回復されたことで始まりました。
 
1926年のバルフォア宣言でイギリス連邦(British Commonwealth of Nations)が創設され、1931年のウェストミンスター憲章で制定化、そして1949年のロンドン宣言によって現在のコモンウェルスが確立しました。

コモンウェルス(Burning Compass

ちなみに、イギリス連邦間で外交使節を置く場合、大使館(Embassy)ではなく高等弁務官事務所(High Commission)と呼び、高等弁務官(High Commissioner)の地位は、特命全権大使(Ambassador)相当とされています。
☞ 在外勤務で学んだこと(第1回)
 
(3) イギリス連邦王国
イギリス連邦王国(Commonwealth Realm)とは、イギリスの君主を自国の君主(国家元首)として戴く独立国家のことで、現在、15か国が該当(注3) します。通称「コモンウェルス・レルム」と呼びます。

コモンウェルス・レルム(CGTN

(注3) イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、ジャマイカ、バハマ、グレナダ、パプアニューギニア、ソロモン諸島、ツバル、セントルシア、セントビンセント・グレナディーン、ベリーズ、アンティグア・バーブーダ、セントクリストファー・ネイビス
 
3 王室とイギリス海軍の関係
イギリス海軍は、17世紀中盤から「ロイヤル・ネイビー」(Royal Navy)、つまり「王立海軍」と名乗っています。歴史的には、その名の通りイギリス国王(女王)に属する艦隊で、現在も国王(女王)を最高指揮官とする海軍です(とはいえ、現代の民主国家では、王といえども軍を私物化することはできないので、実態としては国軍である)。
 
特に、19世紀初頭から20世紀中頃まで、イギリス海軍は世界屈指の海軍力を誇り、大英帝国の繁栄を支える最も重要な役割を果たしました(第二次世界大戦では、イギリス海軍が保有する艦艇は900隻に達した)。
 
昨年夏、イギリス海軍史上最大の軍艦である空母「クイーン・エリザベス」(HMS Queen Elizabeth)が太平洋地域に来航し、同年9月に横須賀に入港したことは記憶に新しいところです。
 
この船の名は、亡くなられたエリザベス2世ではなく、16世紀にスペイン無敵艦隊をアルマダの海戦で破り、その後の英国による海外進出に道を拓いた女王エリザベス1世(在位:1558-1603)の名に由来しています。
 
ちなみに、この「HMS」という文字はイギリス海軍が使用する艦船接頭辞で、「国王(女王)陛下の船」(His (Her) Majesty's Ship)を意味します。
 
つまり、イギリス海軍の艦艇は、どの船も「我こそは、国王(女王)陛下の船である」ということを名乗っている訳です。

英空母クイーン・エリザベス(BAE Systems

他にも、イギリス連邦王国を構成するカナダ、オーストラリア、ニュージーランド等は、それぞれ「国王(女王)陛下のカナダ海軍」(HMCS:His (Her) Majesty's Canadian Ship)、「国王(女王)陛下のオーストラリア海軍」(HMAS:His (Her) Majesty's Australian Ship)、「国王(女王)陛下のニュージーランド海軍」(HMNZS:His (Her) Majesty's New Zealand Ship)を名乗っています。
 
イギリスの君主は、世界中にいったいどれだけの艦隊を配下に収めているのでしょうね。
 
ちなみに、旧・日本海軍では、軍艦に菊の御紋が取り付けられ、「天皇陛下の日本艦隊」(Imperial Japan Navy)として海洋に君臨していましたが、現代の護衛艦は菊や桐の紋章は使いません(ただ、自衛艦旗(旭日旗)は、象徴天皇とのつながりを認識しやすいのではないかと思いますが)。
 
結 言
最新のグローバル・ファイヤーパワー(Global Firepower)によれば、世界各国の海軍力は、次のようにランキングされています。
 
1位:アメリカ
2位:中 国
3位:ロシア
4位:日 本
5位:イギリス
6位:フランス
7位:インド
8位:韓 国
9位:イタリア
10位:台 湾
 
エリザベス女王という求心力を失ったことでイギリス国内のみならず、国際社会、とりわけコモンウェルスの枠組みが不安定化する可能性が指摘されています。

日本としては、新国王との連携を強めるとともに、外交を通じてその求心力を引き出していかなければならないと思います(そういう意味でも、日本に皇室があって良かった)。
 
そして、中露により既存の国際秩序が脅かされる中、特に海軍力は重要です。

過去には「世界三大海軍」とも称された日米英を中心とした海軍力の結束が、アジア太平洋地域における野心的な試みを抑止し、「自由で開かれたインド太平洋」をもたらすことが出来るからです。
☞ 横須賀からみる日本開国史(後編)
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2021年、太平洋上で日米英が結集(Navy.mil

それにしても、世界はまた偉大な人物を失いました。エリザベス女王のご逝去に接し、心より御冥福をお祈り致します。
 

【参考】皇室と王室の違い
〇 天皇は、宗教上(神道)の最高司祭
〇 天皇は、万世一系
〇 天皇は、軍の最高指揮官ではない
〇 天皇は、私的財産を持たない
〇 天皇は、外交儀礼上の権威は最高位 
 ① 天皇・皇帝・女帝
  (Emperor、Empress)
 ② ローマ教皇
  (Pope)
 ③ 国王・女王・スルタン
  (King、Queen、Sultan)
 ④ 首長、公など
  (Emir、Prince、Duke)
 ⑤ 共和国の元首
 
☞ 日本の心髄について語る(第3回)
 
 
【番外編】ロンドンの街並み

左上:ヒースロー国際空港
右上:バッキンガム宮殿 
左下:ビッグベン    
右下:日本大使館    
(Photo by ISSA)
左上:大英博物館       
右上:タワー・ブリッジ    
左下:巡洋艦ベルファスト記念艦
右下:イギリス空軍博物館   
(Photo by ISSA)