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海洋にまつわる話(第2回)

第1回では、日本をとりまく海洋や領域の基礎についておさらいし、海洋法制定に至る歴史的経緯及び現在の国連海洋法条約の要点について概説しました。第2回となる今回は、国際法が定める旗国主義、船籍制度、便宜地籍船の現状及び軍艦の地位等についてお話していきます。
 
1 属人主義と属地主義
法の考え方は、大きく分けて「属人主義」「属地主義」に大別できます。簡単に言えば、戸籍法や旅券法のように「どの国や地域に居ようとも人についてまわるもの」は属人主義に基づく法(属人法)であり、道路交通法や刑法のように、法の及ぶ範囲が「国や地域などの領域内に限定されているもの」は属地主義に基づく法(属地法)となります。
 
私たち日本人が日本国内で生活する上では、その違いを意識することは殆どありませんが、ひとたび海外に出ると、例えば、行く先々で旅券(注1) を提示し「私の国籍は日本である」という属人法がついてまわる一方で、レンタカーを借りたら「その国の道路交通法に従う」等、滞在国の属地法を遵守する必要が出てきます。
 
(注1) 日本国旅券の保護要請文
旅券には、次のような要請文が記載されている
「日本国民である本旅券の所待人を通路故障なく旅行させ、かつ、同人に必要な保護扶助を与えられるよう、関係の諸官に要請する。日本国外務大臣」
"The Minister for Foreign Affairs of Japan requests all those whom it may concern to allow the bearer, a Japanese national, to pass freely and without hindrance and, in case of need, to afford him or her very possible aid and protection."

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日本国旅券の保護要請文

ひとたび日本の外に出ると、国民を守る日本の法令や日本政府による援護が限られたものになってしまうので、各国の関係機関に対し、当診旅券所持者に対し必要な保護扶助を与えるよう、日本の外務大臣が要請している
 
2 旗国主義(Flag state doctrine)
前回、公海/公空においてはどの国の法令も及ばないとお話しましたが、では、日本から外国に向かっている船内/機内では、一体どの国の法令(属地法)に従えばよいのでしょうか? この疑問に応えるのが「旗国(きこく)主義」という考え方です。
 
旗国主義では、どの国の法令も及ばない公海/公空においては、その船舶/航空機が掲げる旗の国、つまり、当該船舶/航空機が籍を置いている国(旗国)の法令(属地法)が、船内/機内で適用されることになります。
 
したがって、万一、公海/公空にある船舶/航空機で犯罪が起きた場合、旗国の官憲が対応するとともに、犯罪者は旗国の刑法で罰せられることになります(そういう意味では、海外旅行で利用する船舶/航空機を選ぶ際は、「どの国の、どのような法令が適用される船舶/航空機なのか」という視点も大事)。
 
3 船 籍(Registry of a ship)
船籍は、その名のとおり船舶の国籍を意味します。UNCLOSでは「船舶と船籍との間に真正な関係(Genuine link)が存在しなければならない」とされています(第91条第1項)。しかし、船舶を登録する要件は、船舶の製造地が自国であることを要件とする場合や、船舶の所有者が自国民であることを要件とする場合等、国によって様々です。
 
一方、航空機についても船舶に準じた考え方が一般化されており、国旗の代わりに機体にアルファベットと数字を組み合わせた国籍記号を表示することが習わしになっています。

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艦船・航空機の国旗や国籍記号

4 便宜置籍船(Flag of convenience ship)
ただ、船舶を登録する際には課税されることに加え、船籍と同じ国籍の船員を乗り組ませる義務もあり、税金・人件費対策として船籍を船主とは違う国、すなわち便宜置籍国 (注2) に置くことが一般化しています。
 
このような船舶を「便宜置籍船」と言います。旗国主義に基づけば、便宜置籍船は船主の国籍の国旗ではなく便宜置籍国の国旗を掲げて運航することとなりますので、船内でも船主の国ではなく便宜置籍国の法令(属地法)が適用されることになります。

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日本商船隊の船籍国《SHIPPING NOW 2020-2021》

(注2) 便宜置籍国の例
パナマ、リベリア、キプロス、マルタ、ベリーズ、バハマ、セントビンセント・グレナディーン、カンボジア、キリバス、ジョージア、ツバル、ホンジュラス、シエラレオネ、アンティグア・バーブーダ、モンゴル(内陸国)、ボリビア(内陸国)など
 
日本では1960年代初頭から便宜置籍船を取り入れる船主が増え始め、1978年には日本船籍よりも外国船籍の占める割合が多くなり、2000年代には20分の1を下回る状況となりました。2008年以降、日本船籍がわずかに上昇に転じますが、微増にとどまっている状況です。

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日本商船隊の構成の変化《SHIPPING NOW 2020-2021》

便宜置籍船に係る問題点としては、そもそもUNCLOSが規定する「船舶と船籍の真正な関係」と言えるかということもあるのですが、一部の船主がこの制度を悪用して、乗組員の処遇を他の国と比較して極端に低く抑えたり、密輸や密漁に使用するなど、便宜置籍船を悪用する事例が発生しているからです。
 
また、先進国による便宜置籍船が発展途上国の商船隊の発展を阻害する要因になっているとする向きもあります。
 
いずれにせよ、日本としても日本人船員の安定的確保という観点から、便宜置籍船への比重を見直す機運が徐々に高まりつつあるようです。
 
5 軍艦の定義
話は変わって、ここからは軍艦の定義や法的地位等についてお話していきます。UNCLOSでは、軍艦を次のように定義しています(第29条)
① 一国の軍隊に属する船舶
② 当該国の国籍を有するそのような船舶であることを示す外部標識を掲示
③ 当該国の政府によって正式に任命され、その氏名が軍務に従事する者の適当な名簿又はこれに相当するものに記載されている士官の指揮の下にある
④ 正規の軍隊の規律に服する乗組員が配置されている
なお、UNCLOSには軍用機に係る定義は見当たりませんが、一般に、概ね上記①~④の項目を航空機に置き換えた内容と理解されています。
 
【参考】 自衛隊の艦船は軍艦なのか
海上自衛隊が保有する艦船は、日本国憲法第9条第2項「陸海空軍その他の戦力の不保持」との関係で、正式には「軍艦」ではなく「護衛艦」と呼ばれているが、実態としては上記①~④の要件を満たしており、国際社会ではUNCLOSで定める「軍艦」と認知されている

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護衛艦みょうこう《海上自衛隊ホームページ》

6 軍艦の地位
軍艦は、古来から国家の威厳と主権を象徴するものとみなされてきました。外国から尊敬と礼遇を受ける慣例があり、国際法上も他の船舶と異なる法的地位にあります。国際法上の軍艦の扱いについて、一般の船舶と比較して異なる点について概説します。
 
(1) 公海にある場合
軍艦は、旗国(つまり、自国)以外のいずれの国の管轄権からも完全に免除されます(第95条)。
 
他方で、軍艦には旗国主義の例外として「公海海上警察権」が認められており、国際慣習法上、船舶の国籍確認を目的とする「近接権」(Right of approach)が認められるほか、UNCLOSでは、次のいずれかを疑うに足る十分な根拠を有している場合は「臨検の権利」(Right of Visit)も認められます(第110条)。
 
〇 海賊行為を行っている場合
〇 奴隷取引に従事している場合
〇 無許可放送に従事している場合
〇 国籍を有していない場合
〇 外国旗を掲げているか、または国旗を掲げること拒否している場合
〇 追跡権を行使している場合
 
追跡権とは、沿岸国に付与される権限であり、外国船舶が沿岸国の国内法令に違反したと信ずるに足る十分な理由が存在する場合、沿岸国には当該外国船舶を公海上まで継続して追跡することができます(第111条)。
 
追跡の開始場所は沿岸国の内水からEEZや大陸棚に至る海域で、違反の対象となるのは、内水や領海ではすべての沿岸国の法令、接続水域では通関・財政・入管・衛生に関する沿岸国の法令、EEZでは漁業等に関する沿岸国の法令、大陸棚では資源採掘等に関する沿岸国の法令となります。
 
追跡に用いられるのは、軍艦や軍用機その他政府の公務に使用される船舶又は航空機で、そのための権限を与えられているものによってのみ行使することができ、追跡が中断された場合や、当該船艇が旗国や第三国の領海に入った場合には追跡権は消滅します。

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(2) 外国の領海にある場合
軍艦は、外国の領海にあっても沿岸国の管轄権から免除されます(第32条)。また、他の船舶と同様に基本的には無害通航権を有しています(第17条)(ただし、沿岸国によっては政府への許可申請や事前通告を求める場合もある)。
 
なお、潜水艦その他の水中航行機器は外国の領海では浮上航行し、所属する国の旗を掲げなければなりません(第20条)(国際海峡において通過通航権を行使する場合は、潜没のまま通航可能)。

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(3) 外国の港にある場合
軍艦の外国港への入港及び外国港内における特権等は条文化されておらず、慣習国際法によります。
 
軍艦が外国港に入港する場合、旗国政府は事前に外交ルートで入港の許可を求めることを必要とします(同盟国・友好国であれば、入港を許可するのが国際的な慣行となっている)。
 
軍艦が外国港内にある場合も、領海にある場合と同じく、受入国の主権からの免除を受けます。軍艦は、在外公館と同様に受入国の裁判権、警察権、捜査権、臨検捜索権等、一切の管轄権に服さないことになっています。
 
軍艦は受入国に対し納税の義務を負いませんし、艦長の請求がなければ犯罪捜査のため軍艦に立ち入ることもできません(ただ、受入国の検疫規則などの法令は遵守しなければならず、これに反した場合には受入国は退去を要求することができる)。
 
(4) 自国の領海にある場合
第1回では、沿岸国の平和・秩序・安全を害する行為として、第19条に記載された12項目を列挙しましたが、このような外国船舶による「自国領海内における無害でない通航」に対し、沿岸国(の海軍等)の取り得る措置は、UNCLOSには具体的には明記されてはおりません。
 
しかしながら、領海は国家の主権が及ぶ領域ですので、慣例上は質問、国旗掲揚要求、停船、臨検、全摘、強制退去、警告射撃、乗員の逮捕、処罰などの権限行使が可能と理解されています。
 
前述のとおり、軍艦はたとえ他国の領海内であっても沿岸国の管轄権から完全に免除されるのですが、他方で、第30条(注3) で沿岸国側にも一定の権限を与えるとともに、第31条(注4) で他国領海における軍艦の責任ある行動を求めています。
 
(注3) 第30条
軍艦が領海の通航に係る法令を遵守せず、かつ、その軍艦に対して行われた法令遵守の要請を無視した場合、その軍艦に対し直ちに領海から退去することを要求できる
 
(注4) 第31条
旗国は、自国の軍艦その他の政府船舶が領海の通航に係る沿岸国の法令等を遵守しなかった結果として沿岸国に与えた如何なる損失又は損害についても国際的責任を負う
 
【参考】 領空侵犯と領海侵犯の違い
なお、これは参考ですが「領海侵犯」という用語は厳密には法用語ではなく、メディア等による造語であることに注意が必要です(注5)
 
(注5) 自衛隊法第84条では「対領空侵犯措置」など法用語として用いられるのに対し、「領海侵犯」は、海上保安庁法や自衛隊法その他で法用語として用いられていない
 
領空では、外国航空機による無害通航権が認められていないので「領空侵犯」、すなわち「領空に無断で侵入し法を犯す」という意味ではその名のとおりに理解可能なのですが、領海では外国艦船による無害通航権が認められているので、必ずしも「領海に無断で侵入し法を犯す」ことにはならないので、語弊を生じやすくなるためです。

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緊急発進回数の推移《航空自衛隊ホームページ》

第2回はここまでとなります。第3回では、海洋安全保障政策及びそのために海軍力が担う役割や実際の活動等についてお話します。