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台湾有事の兆候を知る5つのポイント

世界一の先進半導体技術を誇る台湾のTSMC日本進出。前回、その背景には台湾有事の高まりがあり、万一、彼らが亡国の民となった時、日本がその受け皿になることを期待されているとお話しました。
 
果たして、本当に台湾有事は起こるのか。
 
今回は、台湾有事の5W1Hを明らかにし、その兆候となる注目点についてお話します(以下「である調」で記載します)。
 
1 何故(Why)
中国には、4,000年の歴史の中で、常にアジアの中心で栄華を誇ってきたという自負があった(中華思想)。しかし、19世紀のアヘン戦争以降、欧米や日本による反植民地化によって、そのプライドは引き裂かれた。
 
戦後、大陸で国共内戦が起こり、これに敗北した国民党は台湾に逃れた。その後、一国二制度という名の下に、国家は分断されたままとなっている。
 
1995-96年の台湾海峡危機で、祖国統一のチャンスが訪れたが、当時、海軍と呼べるほどの艦隊を有していなかった中国は、2隻の米空母に抑え込まれてしまった。
 
中国は、これを契機に米軍の中国接近を阻むA2/AD (注1) 能力を進展させ、「二度と、こうした屈辱を味わってはならない」という執念が、今の中国を失地回復・覇権拡大へと向かわせている。

膨張し続けるA2/AD能力

(注1) 接近阻止(Anti-Access)/領域拒否(Area Denial)を意味する略語。A2/AD戦略の細部はこちらを参照☟

中国は、再びアジアの中心で栄華を誇る覇権国家に返り咲くことを目指しており、祖国統一(核心的利益たる台湾の併合)は、そのために避けては通れない悲願となっている。

2 いつ(When)
今月、米国のインテリジェンス機関を統括する国家情報長官(DNI)は、安全保障の脅威に関する年次報告書を公表し、中国が台湾有事の際に、米軍の介入を抑止できるための軍備を2027年までに整えることを目標に掲げていると指摘した。

左:米議会で証言するヘインズ長官(DNI)  
右:Annual Threat Assessment 2023DNI

先月、米中央情報局(CIA)長官も「習近平は2027年までに台湾侵攻の準備を整えるよう軍に命じたことを示す情報を入手している」と明言している。
 
実際、習近平は昨年秋の党大会で「祖国統一のため、武カ行使の選択肢を排除しない」とし、軍部に戦争準備を進めるよう指示を出した。
 
この「2027年」という年は、習近平3期目の任期であり、中国軍創建100周年の節目の年でもある。
 
自身の年齢(2027年に74歳)にも鑑み、それまでには何としても毛沢東にも成し得なかった祖国統一を果たし、偉大な指導者としてのレガシーを残したいと考えている。
 
一方、台湾はヤマアラシ戦略 (注2) を採用しているものの、台湾の武器・装備は、この戦略に十分に対応しきれていない。
 
(注2) 天敵が近づくと針状の剛毛を逆立てて身を守るヤマアラシのような非対称の戦略で国を守るという考え方

ヤマアラシとライオン(pinterest)

台湾というヤマアラシは、未だ針状の剛毛が整わない一方、中国というライオンは、すぐにでも台湾に襲い掛かれる状態にある。
 
このように、中国が2027年までに台湾侵攻に踏み切る蓋然性は、日に日に高まっている
 
3 誰が(Who)
そもそも、人民解放軍(いわゆる「中国軍」)というのは国家の軍隊ではなく、中国共産党の軍隊であり、パラミリタリーとしての海警局民兵も、すべて習近平の命令ひとつで動けるようになっている。
 
習近平は、就任した2009年以降、着々とその権力基盤を強化してきた。しかも、その基盤の対象は共産党・軍・パラミリタリーに留まらず、中国人民にも及んでいる。
 
2010年以降、有事における軍事動員を可能にする「国防動員法」と、有事・平時を問わず中国政府の情報工作活動への協力を義務づける「国家情報法」を制定した。
 
つまり、台湾侵攻時には、法制上は14億の人民をも意のままに利用できるということだ。
 
4 どこで、何を(Where, What)
1月に米国のシンクタンク「CSIS」が机上演習の結果を発表した。2026年に日米が参戦した場合、中国は台湾侵攻に失敗し、米軍や自衛隊も多大な損失を被る結果となった。
 
そして、再建に莫大な歳月と費用を要することになり、誰の利益にもならないという結論が示された(相対的にロシアを利することにはなるが)。

The First Battle of the Next War(CSIS)

当然、中国自身も自前の机上演習で同様の結論を得ていることだろう。
 
そもそも、孫子の兵法では戦わずに勝つことが最善策と謳われているように、中国は(戦術的にずさんなロシアとは異なり)緻密に練られた戦術を駆使し、安易に負け戦を仕掛けることはない
 
中国が米軍と対時できるようになるのは、早くても2035年頃。
 
しかし、習近平は何としても3期目のうちに祖国統一を果たしたい。ということは、2027年までに実行可能なオプションはひとつ。
 
米軍を介入させずに台湾侵攻を行うこと。
 
それは、米軍の参戦を誘因する南西諸島や在日米軍基地には一切、手を出さないということだ。
 
しかし、果たして、本当にそんなことが可能なのだろうか?

5 どのように(How)
(1) 米軍の介入を抑止
あるとすれば、ひとつは事前に中露軍事同盟を締結することだろう。
 
中露は決して一枚岩ではないが、軍事同盟は不可能ではない。たとえ形だけのものであったとしても、核戦力を背景とするロシアが参戦する可能性があれば、ウクライナと同様に米国は躊躇せざるを得ない。
 
ウクライナ関連で、米国が、再三、中国に対しロシアに武器を供与しないよう釘を刺しているが、これは台湾情勢を見据えた警戒感の表れでもあるのだ。

もうひとつは、中国自らがロシア並みに核戦力を強化し、恫喝の度合いを強めることだ。
 
今般のウクライナ戦争で、ロシアのように強大な核戦力を保有すれば、米欧の介入を躊躇させ得ることを学んだ中国は、昨年11月、2035年までに核弾頭数を900発まで増強する方針を打ち出している(米国は、900発に留まらず、米露に比肩する1,500発を視野に入れていると予測)。
 
(2) 電撃的な斬首作戦
米軍が介入しないとした場合、どのような様相になるのか。ぺロシ米下院議長訪台後の軍事演習をひとつの参考として考察してみた。

先ず、大陸から台湾に向けて大量にミサイルを撃ち込み、台湾の軍事インフラを徹底的に破壊。同時にサイバー攻撃、海底ケーブル切断、電磁波攻撃等により情報通信インフラも破壊する。
 
恐らく、これらのファースト・アタックだけで台湾は相当な混乱に陥る。
 
大混乱の中、すかさず多数の艦船や潜水艦を派遣し、台湾を包囲(海上封鎖)。大陸や艦船からのミサイルや戦闘機で防空態勢も強化する。

台湾侵攻のイメージ(dailymail.co.uk

台湾周辺の制海権・制空権を早期に確保することで、米欧によるウクライナ方式での武器支援を難しくする。
 
そして、特殊部隊から成る空挺部隊が台北を急襲し、政権中枢をおさえ(斬首作戦)、「台湾は共産党の支配下に入った」と一方的に宣言する。
 
同時に、揚陸艦で台湾に輸送された地上軍が、その後、数日~数か月をかけて台湾本島に燻る反政府勢力を徐々に駆逐していく。
 
2027年までの限られた戦力で、損耗を抑えつつ祖国統一を目指すとしたら、このような電撃的な急襲作戦に拠らざるを得ない。
 
まとめ ~ 台湾侵攻に係る5W1H
上記をまとめると、下表のようになる。

台湾侵攻に係る5W1H(~2027)
(Created by ISSA)

6 台湾有事の兆候を知る5つのポイント
中国が不意打ち的に台湾を侵攻するとしたら、兆候の察知はかなり難しくなるが、それでも台湾侵攻Xデーのタイミングを窺い知るポイントは幾つかある。
  
① 地球環境
先進的な兵器でも、悪天候や磁気嵐などの地球環境には大きく左右される。台湾に大型台風が直撃したり、太陽フレアの活動でGNSSや通信に障害が発生するタイミングで侵攻はないだろう(太陽フレアは、2025年頃をピークに増加が見込まれている)。

また、南国では、気温が上がる夏場は航空機の性能が低下し易くなるので、この時期を避ける可能性も考えられる。
 
② 中国の政治・外交
全人代の真っ最中だったり、国家主席が外遊中に台湾に侵攻することは考えにくい。
 
逆に、政権交代で台湾や米国が内向きになれば、それを好機と捉える可能性がある(2024年に台湾総統選挙と米国大統領選挙が予定されている)。
 
先述のとおり、万一、中露が軍事同盟の締結に動いたときは、台湾侵攻に向けた大きな兆候と捉えた方が良さそうだ。
 
③ 米国の発表
ウクライナ戦をみても分かるとおり、米国発の情報はかなり精度が高く、鉄壁の防備を固める中国でも、米国の監視網を逃れ完全に裏をかくのは難しい。米国が、もし「台湾侵攻間近」と発表したら、そういうことである。
 
ただ、時としてそのようなメッセージが米議会に向けた予算対策や、同盟国に向けたコミットメント的な意味合いを含むこともあるので、米国発の情報であっても多角的に評価することは必要だ。
 
④ 米中双方の海軍(特に、空母)の動き
台湾侵攻のため、海を渡らなければならない中国軍にとり、とりわけ重要なアセットは空母と揚陸艦だ。
 
然るに、米中双方の空母の動きに注目していれば、自ずと台湾侵攻のタイミングが見て取れる。
 
米海軍の艦隊即応計画(OFRP)では、米空母は36か月で修理、訓練、作戦行動、待機・休息のサイクルを回している。

中国空母が何か月サイクルかは分からないが、「明日にでも台湾を侵攻しよう」という訳にはいかない。空母や揚陸艦の活動サイクルをうまく合わせる必要がある。
 
例えば、空母や揚陸艦の大半がドック入りしていれば、「当面、台湾侵攻はなさそうだ」とみることができる。

中国国産空母1番艦(CSIS

一方、(殆どあり得ないが)米空母が不在になるときに、複数の中国空母が活動を始めた時は、最も警戒すべきタイミングと言えるだろう。
 
⑤ 中国軍による軍事演習
そして、中国もまた、国際社会の裏をかくために、ロシアがベラルーシで行ったように、大規模軍事演習とみせかけて、その延長で侵攻に踏み切ることになるだろう。
 
動員の規模が大きくなるほど、事前のシミュレーションで手順を確認しておかないと、ぶっつけ本番ではうまくいかないのは古今東西、不変の真理だ。
 
中国が台湾周辺で大規模な軍事演習を始めたときは、特に要注意だ。
 
おわりに
習近平は、恐らく「2027年までに、1度は台湾侵攻を試してみる価値はある」と考えているようです。
 
ただ、本当に実行に移すかどうかは、米国の介入の意思次第です(勿論、経済制裁による損失との兼ね合いや、中国人民の動向も踏まえる必要はあるが)。

(express.co.uk)

バイデン大統領が、しばしば台湾防衛の問いに「イエス」と答えたり、米議員団が活発に訪台したり、米艦艇の台湾海峡通過を繰り返したりしていますが、基本的には米国の「あいまい戦略」は変わっていません。
 
「台湾有事の際は米国が軍事介入する」と、中国に本気でそう思わせることに失敗したとき、台湾有事が現実のものとなります。
 
そうさせないためにも、我々の思考回路ではなく、パワーを信望する彼の思考回路に則り台湾侵攻の意思をくじくことことが何よりも重要であり、そのような意味で、在日米軍を引き留め、自衛隊の能力を高め、集団的自衛権を行使できるようにしておくことが、彼を抑止することにつながるのではないかと思います。
 
私の祖母が、生前、幼少期に過ごた台湾のことを懐かしそうに話していたことが思い出されます。台湾の素晴らしい人々や文化が損なわれることなく、本稿が杞憂に終わって欲しいと願うばかりです。
 
 
【参考】私たちに出来ること
台湾有事に備えて私たちにできることは限られていますが、下表のとおり、リストアップしてみました。組織・個人のリスク・マネジメントにお役立てください。

台湾有事に備えるチェックリスト
(Created by ISSA)