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短編映画「点」(ネタバレあり)

あらすじ

 とある地方の古びた理容店で主人の高志(山田孝之)がカミソリを研いでいる。傍らでは電話が鳴っているのだが高志は放ったままにしている。

 ともえ(中村ゆり)は高志とは高校の同級生である。どこか都会で仕事をしているのだが、旧友の結婚式に招待されたので帰省したところ。ついでに、しばらく実家でのんびりするつもりでいる。母親からは着物を着て式に出るのはいいけれど、いつまでも振り袖は着られないわよ、とやんわり尻をたたかれる。

 ともえは明日、着物で結婚式に出る前に高志の店で襟足を剃ってもらおうと自転車に乗って理容店にやってきた。店の表札を見て高志に家族がいることを知り、ちょっとがっかりしたところに、近くに出かけていた高志が戻ってきて二人は店の前で久しぶりに再会した。高校を卒業して以来のことだろう。そして、ともえは手土産にバウムクーヘンを高志に手渡した。

 高志は口下手なのか、久しぶりのともえとの会話がぎこちない。それでも、ともえは高校生の時に写真が趣味だったことを高志が憶えてくれていたのがちょっと嬉しかった。そして、吹奏楽部にいたのに写真部にいたと高志が勘違いしたことにちょっとがっかりした。

 二人の会話はぎこちないままだが、ともえが手土産に持ってきたバウムクーヘンを二人で食べる。店に電話がかかってきたので高志は中座する。いよいよ、ともえの襟足を剃る準備ができたところで今度は、ともえの携帯に電話が入る。

 ともえは店の外で電話に応対するが、「もう、いろいろ限界なの」と言って電話を切り店に戻る。高志は店にかかってきた電話について、常連客からだったと妙な言い訳をする。ともえは、理髪師なのにどうして髭を伸ばしているの?と高志をからかう。

 ようやく、ともえは襟足をきれいにしてもらったのだが、「前髪も切って」と高志に頼んで少女のようにパッツンと切り揃えた前髪になった。ともえが店の前に自転車を押して来て、二人はお互いに「じゃあ」とこれまたぎこちない別れの挨拶をする。

 しかし、ともえは電話に出ていた時とは打って変わって、明るい表情で力いっぱい自転車をこいでいく。ワンピースのスカートからのぞく素足も眩しく。一方、高志は店の鏡を覗き込んで髭を眺めながらカミソリを手にするところで映画は終わる。

感想

 26分の短編映画であり、余白が多いので観る人によって映画の解釈はそれぞれ異なるだろう。以下は自分なりの観方である。ともえと高志は、高校生の時につきあっていたか、少なくとも親しいクラスメイトだったのだろう。そして、二人とも現在の私生活はうまく行っていない。

 ともえは、つきあっている男はいるようだが電話への応対や母親とのやりとりを見ていると実りがないことがわかってしまった恋愛なのだろう。彼女が高志の理容店にやってきたのは友達が結婚するので自分の寂しさを紛らわせたいという気持ちがあったにちがいない。

 しかし、バウムクーヘンは年輪を重ねた幹を象ったものだから結婚式の引き出物として定番になっているくらいである。ともえがそれを高志に渡した気持ちはどのようなものだったのだろうか?二人が高校を卒業してから疎遠になった年月を噛み締めてほしいと思ったのだろうか?

 一方の高志も結婚して妻子はいるものの別居しているようだ。ともえから、土産のバウムクーヘンを差し出されても店の奥に声をかけるわけでもないし、お茶も出さないで二人で食べている。彼女から、結婚して店を継いで立派だね、とカマをかけられると話が続かない。

 もしかすると離婚調停中なのかも知れない。電話は妻か代理人からかかってきたものだろうか。だから、ともえに下手な言い訳をして、しどろもどろになっていたのではないか。髭は意図的に伸ばしたのではなくて、気持ちがへこんで剃るのも面倒になったための無精髭ではないのか。

 いい加減、ともえには高志の状況について察しがついたはずである。だから、前髪も切ってほしいと追加の注文をして、気分一新、元気よく自転車を漕いで帰っていったのだろう。高志の方にも心境の変化があって、髭を剃ってシャキッとしたくなったに違いない。

 おそらく明日の結婚式では、ともえは披露宴に招待された地元の女友だちから高志の情報を聞き出すのだろうなぁ。しばらく実家でゆっくりするつもりでいたよなぁ。などと勝手に想像してしまうのだが、そこは余白に残したからこそ粋な短編映画になったと思う。

 高志と、ともえという二つの「点」の間にどのような線が引かれていくのかは、映画を観た人に委ねられたということだろう。

【映画情報】

2017年公開(26分)
監督・脚本 石川慶
キャスト;
山田孝之(高志)
中村ゆり(ともえ)
天光眞弓(ともえの母)

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