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「デザイン」がビジネスに与える影響 ~松屋150周年プロジェクトの実例から紐解く、デザインマインドの必要性~【セミナーレポート】

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はじめに

座右の銘は「こまめに⌘+s」、デザイナーのmisaです。
5/18(火) 14:00-15:00にオンラインセミナーに参加させていただいたので、セミナーレポートを書かせていただきます。
今回私が参加したセミナーはデザインの技術的なスキルについてではなく、デザインの視点がビジネスに与える影響について実際の事例を紹介するものでした。講師は有名なデザイナーである佐藤卓さんが登壇されるということで、約1500名もの人たちがセミナーに参加したようです。

セミナー名
「デザイン」がビジネスに与える影響 ~松屋150周年プロジェクトの実例から紐解く、デザインマインドの必要性~
講師
佐藤卓
主催
株式会社ラーニングエージェンシー
佐藤 卓 Taku Satoh
1979年東京藝術大学デザイン科卒業、1981年同大学院修了。 株式会社電通を経て、1984年佐藤卓デザイン事務所(現 株式会社TSDO)設立。
「ニッカウヰスキー ピュアモルト」の商品開発から始まり、 「ロッテ キシリトールガム」「明治おいしい牛乳」のパッケージデザイン、 「PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE」のグラフィックデザイン、「金沢21世紀美術館」 「国立科学博物館」のシンボルマークなどを手掛けるほか、商品や施設のブランディング、企業のCIを中心に活動。 また、NHK Eテレ「にほんごであそぼ」アートディレクター、「デザインあ」総合指導、21_21 DESIGN SIGHT館長を務め、 展覧会も多数企画・開催。著書に『塑する思考』(新潮社)など。


佐藤氏と松屋

2019年11月に百貨店・松屋が150周年を迎えるにあたって、前後3年間でプロジェクトが立ち上がり、佐藤氏はそのクリエイティブディレクターとして参画しました。

佐藤氏と松屋はこのプロジェクト以前からお仕事をする機会がありました。
25年ほど前に「JAPAN DESIGN COMMITTEE」(日本デザインコミッティー)という組織に佐藤氏は参加しました。「JAPAN DESIGN COMMITTEE」は60年以上前からデザインの効用や有用性を社会に啓蒙していくデザインの運動をしています。この組織はデザインの議論ばかりしていても社会の役には立たないと考え、百貨店の松屋と繋がり、デザイン的に優れたものを松屋がデザインコレクションという売り場(いわゆるセレクトショップ)で売っていくという形態ができていました。

そんな中である日の会合で佐藤氏は松屋の秋田社長とワインを飲む機会がありました。
秋田社長は「百貨店はこれからどうやって生き残っていくべきなのか」「松屋とはどういった百貨店なのか」「百貨店はどうあるべきなのか」といった話をされていたそうです。
松屋は2001年にコーポレートカラーを青から白に変え、その頃からファッションに舵を切った時期がありました。それについて秋田社長は「ファッションやデザインは松屋にとってとても大事だと思う」とおっしゃったそうです。

このファッションとデザインを並列におっしゃっていたことに対して、佐藤氏は「僭越ながらデザインはもっと大きな概念であり、ファッションはデザインの中でもごく一部である」とお返したそうです。

今から43年前の1989年に、松屋はPAOSのグラフィックデザイナー・仲條正義さんによるCI(コーポレートアイデンティティ)のデザインがされました。それによって松屋銀座は「生活デザイン百貨店」というストアコンセプトを掲げました。松屋は43年も前にすでに「生活デザイン」という言葉を発信しており、これは財産であると、佐藤氏は秋田社長に伝えました。

「松屋がデザインを語らなくてどこの百貨店がデザインを語れるのだろうか」

ここでは立ち話で終わりましたが、数年後に秋田社長がもう一度詳しく話したいと乗り出してきたそうです。そこで佐藤氏は改めて秋田社長に以下のことをお話ししました。
「デザインと関わりのないものは何ひとつない」
「私たちの生活を支えているありとあらゆるものにデザインというものはある」
「百貨店のそのすべてにデザインというものは関わっている」
「これからの150年をデザインを軸に歩んでみてはいかがでしょうか」

このような経緯で、2019年11月に150周年を迎えるにあたって松屋から佐藤氏にお声がけあり、快く承諾したそうです。


それまでの松屋

それまでの松屋銀座の「経営方針」
顧客第一主義
共存共栄
人間尊重
堅実経営
創意工夫
それまでの松屋銀座の「松屋グリープ理念」
生活文化想像集団

それまでの松屋の経営方針やグループ理念は、佐藤氏には現代において当たり前のこと(だからこそ大切)のように見えました。

松屋銀座の「ストアコンセプト」
GINZAスペシャリティストア

またストアコンセプトの「GINZAスペシャリティストア」というキーワードについても「銀座にはスペシャリティではないお店は相応しくないのでは?」「現代に当てはまっていないのでは?」という懸念が生まれました。


これからは「デザインの松屋」

それまでの松屋の方針に対して佐藤氏は「デザインの松屋」というキーワードを掲げました。

デザインとは、今のうちに前もってやっておくことであり、言い換えるとデザインは気遣いであると言えます。松屋にはバイヤーだけではなくさまざまな職種の人たちが働いています。その働く人たちには「デザインってなんだろう?」とわからない人も多いはずです。まずは松屋の社員のみなさんに自分ごとにしてもらう必要があります。
そこで佐藤氏は松屋はデザインの定義を「気遣い」とするといった提案をしました。

松屋が実現したいもの
デザインによる、豊かな生活。
松屋の使命
デザインで、生活を豊かにするお手伝い。
松屋におけるデザインの定義
デザインとは、気遣いです。
コミュニケーションワード
デザインの松屋

ミッション・ビジョン・バリューというようなカタカナ言葉はできるだけ使わないようにしながら、佐藤氏は松屋が実現したいものや松屋の使命を定義しました。
松屋の社員が外部の人に「あなたの会社は何をやってるんですか?」と聞かれた時に、ちゃんと「デザインで、生活を豊かにするお手伝いをしています。」(松屋の使命)と答えられるようにするのが狙いでした。これによって社員の一人一人がデザインとはなにかを考え始め、「デザインとは、気遣いです。」といったデザインの定義に繋がっていきます。
また、時代とともに社員の世代が入れ替わっていき、昔の松屋の「生活デザイン」を知らない世代に改めて言語化していくという目的もありました。

松屋が備えるべき行動指針
デザイン憲章
「仕事は、より美しく。」
「仕事は、より機能的に。」
「仕事の質は、より高く。」
「仕事には、より品格を。」
「仕事は、より環境に配慮を。」

例えば行動指針のひとつである「仕事は、より美しく。」について、仕事において資料を美しくするのも、読み人にとってわかりやすくするための気遣いになります。このような行動指針にあえて「より」をつけることで、常に今よりもっと心掛けることを促しました。


松屋の店舗について

佐藤氏は松屋の上から下まで、そしてお客様に見えないバックヤードでさえも、隅々まで見て回りました。松屋の方とともに見ていき、デザインの視点でここはこのままでいいのかという指摘をしていきました。

食器を重ねるような置き方は商品が取りにくいのではないか。プライスカードの置き方は邪魔になっていないだろうか。
商品を並べる什器が前と後ろでまったく違う。
デザインにおいて、まったく違うものを並べるときにはそれなりの意味がないといけない。デザインは言語である。
フォントはこれでいいのか。商品の入っている袋は安売りのものとどう違うのか。
ポスターなどが乱立し、情報が錯綜している。(グラフィック自体の問題ではない)
在庫を番重に置きっぱなしになっているのは見えていていいのか。
おむつ交換室のシンボルがまったく同じものが2つ並んでいるのはなぜか。
恐らく下のものが見えにくいからという理由で、上に貼り直しているのであろう。
カゴに敷き詰められたカバンが、ひとつひとつが萎びて見える。
お客さまからも奥まで全て見えている。

このようなことを佐藤氏は松屋の方と一緒に回りながら写真や映像を撮りました。佐藤氏が遠慮なく指摘している映像について、社員食堂で流してもいいかと申し出がありました。(怖い顔して指摘しているわけではない)松屋でいろんな仕事をしている社員の方々が社員食堂を利用することで、改めてその課題について気づくことになります。


「デザインの松屋」を社内にも社外にも伝えたい

佐藤氏は「デザインの松屋」を社内にも社外にも伝えるために、これをシンボルにしました。蛍光イエローの丸の中に、彩度の高い水色の丸があるシンボルです。黄色は注意を促す色であり、青はもともと松屋のコーポレートカラーでもありました。
松屋の社員に実際にシンボルのバッジを身につけて仕事をしてもらいました。社員のみなさんが身につけることにより、このシンボルに気づくお客さまもおられます。そうするとこのシンボルについて質問がくる可能性があります。そこで佐藤氏はわざと言葉の入っていない抽象的なマークにしました。お客さまから質問があることには、社員もちゃんと答えられるようにしなければならないからです。
このようにひとつのトリガーとして、意識を変えていくためのシンボルを作ったのです。


松屋の社員の方々が参加できる委員会をつくる

同じく松屋150周年のプロジェクトに参加していた伊藤総研株式会社のチームでは、松屋の社員の方々が参加できる委員会をつくる施策をおこないました。

イベント委員会
ギフト委員会
デザインリテラシー向上委員会
環境委員会
調査委員会
働きやすい松屋づくり委員会
150周年特設サイト委員会

さまざまな角度からの委員会が立ち上がり、その委員会にはそれぞれ「デ」(=デザインのデ)という一文字がはいりました。
参加したい社員を募ったり松屋の方にも人選してもらったりしながら、このような委員会をいっぱい作り、すばらしい提案は実現していきました。


松屋の地下鉄との通路

以前の地下通路の柱は、ポスターが貼られた広告媒体になってしまっていました。そこで佐藤氏は松屋の地下通路を、ふんだんにタイルを使用した通路にしました。佐藤氏は岐阜県の美濃焼との繋がりがあり、その方々にタイルを手掛けてもらいました。
新しくなった地下通路では、地下鉄から松屋の方向へ柱に10から1へと数字によるカウントダウンが演出されており、松屋への期待感が設計されています。また「8番の柱で待ち合わせね」といった、待ち合わせの目印にもなるかも知れないと佐藤氏は考えています。
そして、駅のポスターはB倍サイズのポスターを横位置に貼るのが通常で、現代においてはサイネージという広告の見せ方があるにも関わらず、あえて他に見ない縦位置にしています。タイルでポスターに額縁をつけることによって、ここをポスターギャラリーにするといった狙いがあります。
新しく制作された「MATDUYA DESIGN」のコミュニケーションロゴを(ずっと残っていく)タイルで表現することで、松屋の覚悟を表しています。


3年間のプロジェクトの最後に

佐藤氏は3年間のプロジェクトの最後に、Good Design Cardというものを松屋の社員に配りました。
Good Design Cardを使って、自分の身の回りで「あなたのやっているデザイン(=気遣い)はすばらしいです」と伝え合おうという企画でした。佐藤氏は、実際にその気遣いを実践した方もすばらしいし、それに対して気づく方の着眼点もすばらしいと考え、いくつかのGood Design Cardをピックアップして賞を贈りました。


まとめ

佐藤氏は他にもたくさんの施策をされたそうですが、時間の都合でここまでのご紹介となりました。
「もともと松屋はデザインと関わりがあったとはいえ、松屋に関わらずすべてのお仕事にデザインは関係する」と佐藤氏は述べていました。


感想

私自身、もともとデザイナーのいない会社にデザイナーとして就職し、デザインに理解がある方々とお仕事はしながらも、なんとなく社内ではデザインがハードルの高い存在になっている気がしていました。
普段デザインとは関わりのない人たちにも「デザイン」というキーワードを自分ごとにしてもらうために、「デザインとは、気遣いです。」といった定義がされていて、誰でもデザインを説明できて実行に移せるような徹底した設計がされており、勉強になりました。
また、ものの置き方ひとつにも理由が必要であることに対して「デザインは言語である」という例え方も、多くの人にわかりやすい表現だなと思いました。
私も極端に言えば「デザインで世界が救える、かもしれない。」(ポートフォリオ原文ママ)といった、デザインでならなんでもできる可能性があると考えているので「すべてのものにデザインは関係する」といった考えにも納得しました。
ぜひデザインマインドで組織に還元していけたらと考えています。


「デザイン日報」のPR

稚拙ながらセミナーレポートを最後まで読んでくださってありがとうございました!
わたしは毎日「デザイン日報」を社内の専用のチャットグループにて投稿しており、それをこちらのnoteでも発信しております。「デザイン日報」とは、日々私がデザインについてリサーチしたことを共有するためのものです。

デザイン日報って?
社内の専用のチャットグループにて、私が毎日投稿しているものです。
弊社には私が入社する2021年2月までデザイナー職の人はいませんでした。
一方でデザインの業務は増えつつあり、社内にもデザインに興味のある人がいるようでした。
そこで日々私がデザインについてリサーチしたことを、社内のデザインに興味のある方たちに共有することでよりデザインへの理解を深めていただき、ひいては高知全体のデザインへの関心を盛り上げたいと考えて始まったのがデザイン日報です。
デザイン日報の目的
・日々更新されるデザインの流行を私自身が勉強することを怠らないために、人に発表する場を設ける。
・私がいいなと思ったデザインを、なぜいいと思ったのかを言語化することで自分のスキルに繋げる。
・私が仕事をする際にデザインの参考を見つけやすくするために日々ストックしておく。
・弊社の社員のみなさま、ひいては高知県民のみなさまにデザインに興味関心を持ってもらう。

デザイン日報を投稿しているチャットグループでは、以下の点も伝えてあります。

デザイン日報は私の自分自身のスキルアップのためのものなので、リアクションは不要です。必ず見る必要もなく、気になった時だけ見てやってください。
このチャットグループは参加・退室自由です。興味のありそうな方が他にもいらっしゃいましたらお誘いするので教えてくださいませ。

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それでは、長文失礼いたしました。

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