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「ないものねだり」より「なんでもねだり」

「そんな風通すニットなんかで自転車乗ったら寒いに決まってるじゃん」
え、、アラン模様でいい糸使ってるおばあちゃんが編んでくれたこのニットカーディガン、めっちゃあったかいんだよ?!言われた通りあったかい格好してきたんだけど。「対策」や「工夫」というものが苦手なわたしは、基本何事も気合とマインドコントロールで丸くおさめがち。ザ・行き当たりタイプ。かたや、事前に日程を決めてそれに向けてどんな洋服を着るか、ルートをどうするか、買った荷物を持って帰るのにどうするのがいいか、事前にしっかりシュミレーションをするタイプだと、こういうことでもコミュニケーションエラーが起こる。結局春スノボに使ってたという薄手のウィンドブレーカーをすっぽりかぶらされ、手袋も当てがわれ、寒空の中、行ってみたかった2駅隣の辺鄙な場所にあるファームマーケットへ出発。

普段の生活ではあまりに運動をしないので、坂を登って降っての道中はとてもいいエクササイズになった(今はすっかり重だるい。特に足が。だけどケアはしていない。後でするつもり…うん、つもり)。それにしても○ー○ル先生、結構な確率で不思議なルートを提案されるのは、何故なのかしら…?仕事でもニアミスなんだけど、明らかに違う場所を毎度案内するから、面接やオリエンの人たちが道に迷って電話くることが結構あって。今は変更申請しているはずなんだけど、ニアミス加減がもはや「これ、おちょくってるんじゃないの…?」というくらいの絶妙なラインを攻めてくるから、勝手にわたしは「わかっててやってるよね」くらいに思ってる。そしてそこに対して結構ナチュラルに受け取ってる。

話が脱線しちゃった。
念願だったファームマーケットは、それは素晴らしい世界観でした。やっぱりプロってすごいなぁーって思いながら、わたしの部屋とは規模感がそもそも違うから、ただただテーマパークのように感心しながら見てまわりました。かたや相方は、気になったところをしっかり写真におさめ、今の自分に合った物だけでなく、春になってグリーンのシーズンが到来した時のことまでシュミレーションしながら見て回ってました。買うものも、わたしは「あ、なんかこれいいかも」とパッとその場で見て思って、家にあるもので使えそうなやつが思い浮かんだものを、相方は「あ、今しっくりきていないアレと交換しよう」とか「春になったらここにこういうのを買って植えて、ここに飾ろう」とか、もう、自分の中のイメージができていて、それに見合ったものを見つけていく、そんな感じ。RPGゲーム風にいうと、初見で宝探しをするタイプと、事前に攻略本とかで知識を入れたうえで宝探しをするタイプ、みたいな感じ?ちなみにわたしは攻略本、好きでしたよ!だけど、今のステージではどちらかというと初見の宝探しを楽しみたいようです。だから、どっちのタイプでもあるんだけど「今のわたしのモード」というのかな、今はこんな気分っていうので、考え方や行動ってガラッと変わってくるでしょ?そういう時に思うの、隣にいる人が、わたしの持っていない(正確には本当は持ってはいるけど、今は持ち歩いていない)感覚でいてくれると、なんだか「最強だな」って(語彙力のなさ笑)。

「両極を愛する」とか「陰陽のバランスをとる」とか、よく聞きません?わたしはここ4年くらいしょっちゅうこの言葉が各方面からきます。要はどんな自分も自分だってことだと思うんだけど(かなり雑で偏った言い方)、じぶんのことって、なかなかじぶんではわからなくないですか?わたしはね、わからないです。変換能力も高めだから、勝手に都合よく変換しがちだし。だからね、身近な人がじぶんと真逆とまではいかなくても、違う考えや行動などを取ってくれると、照らし合わせができて、客観的にじぶんを見るきっかけになったりするんです。今は人と比較するなっていう意見が主流だけど、使い方次第だよね。人と照らし合わせることで、わたしの場合は、じぶんをより深く知れる感覚があるから、ここのところ、今まであまり積極的にしてこなかったやり方で「人と関わる」ことをしてるの。楽しいんだ、結構。人って優しいなぁーって思うことばかりなの。わたし、結構偏見持ってたなって、反省しちゃった。

もしもさ、「運命のひと」ってものがいるとしたら、わたしにとってはもちろん「一緒にいて心地いい」とか「楽しい」とか「安心していられる」とか、あげたらキリがないけど(欲張りだからね笑)、それにプラスして今は「凸凹でいられる」ことも大切だなって思ってるの(本当は「☆★」をパズルのようにつなぎ合わせて、どんどん未知なる図形に拡張していく感じがより今の理想の感覚に近いけど、まだちょっと追いついてない)。お互いが足りないところを補い合える、支え合える。感性や根幹の「大切ななにか」はもちろん一緒であることが大前提で(じゃなきゃ、一緒にいて疲れちゃうもん)、そのうえで「似てないところ」「合わないところ」を「すごいな」とか「わたしはそうは考えなかった」とか、新しさをもたらしてくれること。常にお互いの存在によって、成長し合えること。そっか、今書きながら気づいた。わたしは基本「生きていくことは変わっていくこと」って思ってるんだよね。だから、わたしが変わることは必然で、おそらくそれは相手も一緒で。そんなお互いが変わっていく中でも一緒に楽しく過ごせるような、お互いにとって常に「魅力的だ」って思うひとのことって思ってるんだね。なるほど。

違う価値観にこそ気づきがあったり、比較することで自分をより理解できたり、変わることが自然なことだと思ったりしているわたし。好き。
今、おしゃれな音楽聴きながら、アロマディフューザーで精油の香りに包まれて(今日はね、ローレルとグレープフルーツ、ラベンダーをブレンドしてみたんだ。すごくいい!!おすすめ)、この記事を書いてるんだけど、昨日一昨日の、もう泣いちゃうわ、電車乗り間違えるわ、気持ち悪くなるわ、二日酔いだわ、大変だったわたしも、どちらもわたし。こんな天気みたいにコロコロ変わるわたしを気にかけて常に合わせてくれる人たちが周りにいるってことが、つくづく「なんだかんだすべてうまくいくよね」って言われる所以だなって感謝しかない日曜日の夕方。

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