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どこにだって行ける

友だちと海を眺めていると、自分がひどく乾いていることに気がついた。豪雨ばかりの梅雨空に負けないために、陽気でいようと必死な日々が続いたから。自分から出ていく言葉は明るいものを。変化は最大のエンタメなんだから楽しまなきゃと、必要以上に力が入っていた。本当は不安だらけだった。生まれてはじめての春が過ぎたのも、生まれてはじめての夏を迎えるのも。生きることと死なないことは似ているようで違うのに、死なないことばかりを考えて選んだ。明るくない言葉を出さないようにすると、「くだらない」と思うことが増える。今日も画面の向こうでは誰かが正義のドッジボールを繰り返している、ああくだらない。「どうでもいい」の範囲が広いとことが自分のチャームポイントだと信じているけど、「くだらない」と「どうでもいい」も似ているようで違う。このままだと干からびてしまいそうだなと、整えていない、まだ準備ができていない状態の言葉を友だちに吐いた。

「世の中にはF1みたいな人がゴロゴロいるじゃん」
「そうだね」
「でも俺はせいぜい自転車くらいなのよ」
「んー原付くらいはあるんじゃない」
「お前もF1だよとか言ってくれないよな」
「いいじゃん自転車。速く走りたいって話?」
「いやぁ、性能が違いすぎて勝負になんなくねって話」
「タイムで競うなら諦めたほうがいいよね。違う勝負しなよ」
「乗り心地とかデザインとか、ね」
「そうそう、ほとんどの人生はF1より自転車に乗る機会の方が多いんだし」
「暮らしの味方だよな、自転車」
「なー。てか、若い世代って飛行機じゃね」
「ほんとにもう参っちゃいますよね30代」
「10代なんてロケットだよ」
「どうしたもんかねぇ」
「一輪車になって小学生の人気を狙うのはどうよ」

くだらなくてどうでもいい話に付き合ってくれる友だちがいて安心した。答えも解決策も出てないけど、ずいぶんと潤ってきた。優雅で大きな船になるのもいいし、景色を楽しめる各駅停車の電車になるのもいい。そんな会話をぬるくなったビールと楽しんでいると、友だちが尋ねてきた。

「ちゃんと自分でわかってるんでしょ?」
「うん、俺が決めなきゃいけないのは目的地だよね」


今宵の月のように/エレファントカシマシ



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