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呼べないから言うよ

「そろそろ帰ってくるから」
「うちもそろそろだわ」

スマホを置いた22時40分。懐かしいドラマが再放送してるよで始まった久しぶりの電話は、エンディングのダンスより前に切れた。昔はどちらかの音がしなくなるまで繋いだままだったのに。悲しくはない、寂しいとも違う。

彼女とは学生時代に帰る方向が同じで、一緒にブックオフで立ち読みしたり具材が極小な100円のたこ焼き屋に通って、仲良くなってから10年以上が過ぎた。バーミヤンでカニあんかけチャーハンを食べた後にサイゼリヤで固いプリンを食べるくらい腹がいつも減っていて、30歳になってもお互い独身だったら結婚してみようかと陳腐な約束をするくらい若かった僕たちも、ちゃんと白髪が生えてすっかり腰が痛い。

そろそろ帰ってくるその人は君の苦手なものをどれだけ知っているんだろう。トマト、からし、冷たい水、短い靴下、歩道を走る自転車、すぐに髪を乾かす、傘をさす、スマホの充電、録画の予約、どのゴミが何曜日、どこでスリッパを脱いだのか。笑って許してくれる人だといいな。SNSには整えられたネイルや美味しそうな料理の写真ばかりなのに、友だちにはでっかい口内炎や真っ黒に焦がした食パンの写真を送るって知っているんだろうか。笑って許してはくれないだろうな。「恋人の昔から仲のいい異性の友だち」が好かれることはない。サッカーはボールを手で触っちゃいけないし、バスケはボールを持って三歩以上歩いちゃいけない。そういうものだから。

恋ではない。それでも、触れたいと思うことがある。肌を重ねるのではなく、落ち込んだ時には肩を抱きたい。雨に打たれて濡れたまま風邪をひくくらいなら、髪を代わりに乾かしたい。トマトもからしもない食卓は味気ないけど、一緒にごはんを食べたい。録画もゴミ捨ても代わりにやるし、スリッパはだいたいベッドの下に転がってる。こんな感情を友情と呼べるんだろうか。もし違うならいっそ、愛と呼んでみるのはどうだろう。家族愛ってやつ。ファミリー割引にも加入できないし葬式で一番前に座ることもできない愛。誰かに遠慮して長電話できない愛。綺麗で誇らしい名前をつけて自分の独占欲を誤魔化すのも違うのかな。それでも、どうしようもなく大切で愛と呼びたい君のいる僕の人生はラッキーでハッピーなんだ。



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