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ロケットは飛び続ける

小学校低学年の頃に習っていたスイミングスクールのお迎えを、叔母のちーちゃんがしてくれたことが一度だけある。家族で車に乗る時には座らせてもらえない助手席は、大人になれたみたいで嬉しい。アイスを食べながらおしゃべりをする時間はとっても楽しくて、30歳を過ぎた今でもよく覚えている。

ちーちゃんは「タモリがずっとサングラスかけてる理由知ってる?ドラキュラだから光に弱いんだよ」とか、「ラモスは日本語が実はペラペラ」とか、子どもには嘘か本当かわからない話をたくさん聞かせてくれた。

とんねるずの『ガラガラヘビがやってくる』が聴きたくてダッシュボードのCDをガサゴソしていると、気になる1枚を見つけて手が止まった。「その人たちが髪の毛をセットするのにスプレーをたくさん使うから、地球温暖化がひどくなってるの」と右隣で笑う。そんなに悪い人たちの音楽はどんなんだろうなぁと思っていたら家に着いた。

「そのCD貸してあげる。ちゃんと夜ごはん食べないと、アイス食べたのお母さんにバレるよ」



中学生になってから引き出しの奥でCDを発見した。借りてすぐに失くして、ちーちゃんに叱られたやつだ。あらためて聴いてみると、全身を刺されるような衝撃。そのバンドのことをもっと知りたくてたまらなくなった。

今みたいに親指を数回動かせば曲が聴けたりライブ映像が観られる時代じゃないから、小遣いを握りしめてブックオフに行く。友だちの兄貴にビビりながらMステを録画したビデオを借りる。メンバーの中でも、赤い髪でギターを弾く彼の魅力にどっぷりハマった。オシャレで妖艶で、うっとりする。

それなのに、彼はもうこの世にいなかった。

バンド解散後のソロアーティストとして活動する映像を観ていると、気づいてしまった。彼は「かっこいい」じゃなくて、「かわいい」だ。古くならない音楽もファッションも、タバコを吸いながら気だるそうに話す顔も、そのくせよく笑うのも、圧倒的カリスマオーラなのに子ども好きな近所の兄ちゃんみたいなところも、めちゃくちゃにかわいい。

いつも近くに感じたくて、かわいい彼を小さな世界に閉じ込めて持ち歩いた。折りたたみケータイの画質が悪い待受画面。手で入力した音の少ない着メロ。誰にも貸さないマイベストMD。

正直、戸惑ったこともある。男性のことを「かわいい」と感じることが生まれて初めてだったから。彼への「かわいい」をどう扱えばいいかわからなくて。そうじゃなくても、中学生の感情なんて難しい。ちゃんと多感で、ちゃんとイライラしていて、ちゃんと全部が嫌になって、ちゃんとめんどくさかった。

それでも、かわいい彼の存在は難しい感情の時期を支えてくれた。
『TELL ME』が、部長なのにリレーメンバーを外された中体連の朝を。
『MISERY』が、勉強も彼女もその友だちもうるさくて泣けた塾の帰り道を。
『ever free』が、合否はどっちでもいいやと思えた受験終わりのバスの中を。

大人になってからも、何度だって、かわいい彼の存在に救われている。

5月のはじまりは毎年切なくなる。
彼がステージに立つ姿を生で観てみたかった。彼のオールナイトニッポンをリアルタイムで聴いてみたかった。もし今の世界を見たら、だいたいおんなじ毎日を過ごすしかない状況で、彼はどんな歌詞を書くんだろう。

気軽に外出ができるようになったら、ちーちゃんをドライブに誘いたい。今度は助手席に座ってもらおう。出会わせてくれたお礼を言おう。彼の曲を流したら、「本当は生きてるんだよ」なんて信じたくなる嘘を言ってきそうだ。

まぁそんなに嘘でもないか。
だって、hideの作ったロケットは今でも、これからも、みんなを乗せて飛び続けるんだから。


hide with Spread Beaver / ROCKET DIVE


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