ハッピーバースデー

きちんと時間は流れている。夜ごはんにカレーを2回もおかわりしたのに腹が減ってきたし、昨日は15時間も寝たのに眠くなってきた。一話を見逃したドラマの二話が放送されていた。二日酔いが治れば酒を飲んで、タラちゃんみたいに刈り上げた髪はすっかり伸びた。長かった梅雨が明けるらしい。本来の予定ならオリンピックが開幕してたんだって。7月がもう終わる。なにもしてないようで、きちんと時間は流れている。ぽっかりと空いた春、悲しいニュースばかり目にする毎日、それでも今日は誰かの誕生日、そんな当たり前のことを忘れてしまっていた。つい最近に誕生日を祝ってもらった気がするのに、週末にまた誕生日が来るから驚いてしまう。「もっと大人だと思ってた」と毎年言っているから、きっと何歳になっても変わらないままなんだろう。

なにかを取り戻すみたいに、みんなの誕生日をみんなで祝った。夏生まれの人、とっくに過ぎてしまった人、まだまだ先の人、みんなまとめて「おめでとう」と笑い合った。予算500円のプレゼント交換。もらったポカリの粉。これで脱水症状にならずに助かると、くだらなすぎて泣けてしまう。気軽に肩を組めないのは寂しいけれど、思い出さないように「おめでとう」を息継ぎもせずに繰り返した。24時間で消えてしまうインスタのストーリーにすら載せない写真を何枚も何枚も撮って容量がいっぱいになったスマホ。iCloudに払う追加料金が誇らしい。気の早い友人たちと次の夏の計画を立てる。欲しかったものは手に入れたから安心してくれと、部屋の隅で膝を抱える十代の自分に伝えたい。

「お誕生日なに欲しい?」
「あー、無い」
「無いじゃ困るよ」
「困るって言われてもなぁ」
「スニーカーとか自転車とかさ」
「欲しいけど、もらいたいものじゃない」
「やっぱり何考えてるかわかんない」
「うまい肉でも食いに行きましょうよ」

ちがう人の顔が浮かんでいて考えられないなんて知られたら、どんな修羅場が待っているんだろう。

追加料金を払う前に削除すればよかった。とっくに忘れて、本体から消したのに、iCloudには好きだった笑顔が変わらずたくさんあって、インターネットの便利さにうんざりした。いつかの誕生日にもらったダサいプレゼント。なんでこれで喜ぶと思われたんだろう。君はなんでも分かってるみたいな顔をして、ちっとも見てくれていなかった。捨てるでも使うでもなく失くした帽子は今どこにあるのやら。「重いなんて勝手に量らないで 他の人と勝手に比べないで」そう言って泣いている君の顔がiCloudに残ってなくてよかった。ちっとも見ていないのはお互い様だったと今更気がついても、若かったからじゃ許されないかな。「大人になって顔が仕上がったら髪を短くしたいの」そう言っていた君は今どんな髪型?俺の髪は伸びっぱなしで寝癖を直すのが面倒だから帽子をかぶってばかりいるよ。

「ねぇ」
「うん」
「このお店どう?美味しそう」
「最高じゃん楽しみにしてる」

32歳はどんな一年にしよう。たくさん嘘をついてたくさん嘘を書けるといい。年齢を重ねる度に言葉が軽くなっている気がする。かわいいも好きだよも大事だよも、本当なはずなのに嘘っぽい。それでも友だちに贈った手紙の一通一通に書いた言葉は全部が本当のこと。おもしろいも楽しいも嬉しいも悲しいも寂しいも別れも不安もたくさん味わって、きちんと時間が流れますように。



星野源 / 折り合い





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