オーランド諸島(fin: Ahvenanmaa/swe: Åland)のメスタリペリマンニMestaripelimanniたち②2016年シヴ・エクストロムSiv Ekström


前回に引き続き、オーランド諸島出身で、Mestaripelimanniの称号を受賞したミュージシャンをご紹介します。

シヴ・グン・エリノール・エクストロムSiv Gun Ellinor Ekström。オーランド諸島マリエハムン近郊のヨマラJomala出身のヴァイオリニストです。

と同時に、過去2期に渡り、ヨマラの市政に関り、市議会議員を務めた他、南オーランド高等学校区、Jomala Energy、FAB Jomala Housingの評議員を務めるなど、社会活動にも熱心な人物として知られています。

シヴ・エクストロムについて色々調べてみたのですが、残念ながら生年や詳細な生い立ちなど、知ることは適いませんでした。まだご存命で、バリバリの現役でいらっしゃるからでしょうか。

それでも、いくつかわかったことの中からご紹介したいと思います。

ヨマラJomalaに生まれたシヴ・エクストロムは、幼い頃からヴァイオリンと民俗音楽が身近にある環境で育ったそうです。

若くして民俗音楽グループ「Kvinnfolk」を立ち上げ、出来る限り参加者と連絡を取り合いながら、同時にトゥルクで、子供たちのためのグループ「Bråkstråkarna」を立ち上げ、指導し、トゥルクのArbis(スウェーデン語系成人学校)では、大人のための初心者コースも運営も運営していました。

そして1985年秋、ヤコブスタードJakobstadを訪れたことで、大きな転機が訪れました。

ここで地図を見ておきましょう。オーランド諸島とヤコブスタード。かなり距離があるのがわかります。

ヨマラからヤコブスタードまで、陸路で570km前後、12時間かかります。

空路だと2時間半。それでも、遠いですね。

当時彼女はトゥルク大学Turku Academyで音楽学と民俗学を学んでいましたが、どこか遠いところで音楽学の研究を修了しようと考えていました。しかし、思うようにいかず、暇を持て余してしまったため、Arbis(スウェーデン語系成人学校)を訪れ、ヴァイオリン演奏のコースを開講していないか、尋ねたそうです。

依頼を請けたヤコブスタードのArbisは、どこで先生を探そうか思い悩んだといいます。しかし、その依頼を出したシヴ本人が優れたヴァイオリニストだと知ると、彼女に講師の依頼を出し、シヴは、これを了承します。

1985年9月11日の第一回ミーティングには、10人ほどの参加者が集まりました。大人の初心者は、グループで耳コピをしながら学ぶ、という未知の概念を知り、戸惑います。しかし、シヴはMalung Folk High SchoolJonny Soling(14ページ目参照)の元、1年間のコースを受講しており、「耳コピで弾く、覚える」ための方法論と、初歩に相応しい簡単な曲を身に着けていたため、コースは問題なくスタートすることになりました。

最初に取り組んだ曲は、"riktiga"という曲でしたが、すぐに"Schottis från Övermark"、"Masurka från Åland"、"Polka från Purmo"といった「本格的な」曲にレパートリーを拡げていきます。演奏の合間には、クラッシックのヴァイオリンの奏法や、音階練習が行われました。曲は全て「耳コピ」でしたが、一通り演奏が終わると、復習のため、必ず楽譜が配られました。

秋学期には、新しいメンバーが増えたり、惜しくも集まりから離脱するメンバーが出たりもしましたが、Vestersundsbyの集会所で行われた新年会では、早くもグループの最初の公演が実現しました。

1986年4月12日、年度末にヤコブスタードの北、ラルスモLarsmoのRisö skola(学校)に招かれた際、ちょっとした事件が起きます。

文化愛好家、ヨスタ・カールソンGösta Karlssonに、「ここラルスモで、来年、ヴァイオリン講座を開くことを約束できますか?」と挑戦的な言葉を投げかけられます。シヴはこの言葉に抵抗せず、1986年秋に3つのコース、つまりラルスモのRisö skolaでの初心者コース、Vestersundsbyでの初心者コースと継続的なコースの3つを開催することを了承しました。

最終的には、毎年このコースに戻ってくるメンバーも増え、段々とプロのミューシャンのような様子が板についてくるようになりました。そこで、ヴァイオリンだけでなく、ハルモニウム(足ふみ式オルガン)を手に入れたシヴと仲間たちは、晴れてVestersundsby Spelmänという名前で、バンドを始動させることに成功しました。

このバンドが定着し、周囲にも知られるようになると、フィンランドとスウェーデン、両方でSpelmansstämma(音楽家たちの交流の場)の開催を依頼されます。シヴはバンドを指揮し、1995年の夏にはおよそ350人の聴衆を集めた壮大なイベントを開催し、大成功を収めました。

第一回ミーティングからちょうど10年。このような状況の中、シヴは新しい挑戦をしたいと考え、オーランドに戻ることを決意します。バンドメンバーたちは、忘れられない10年間を過ごしたことに感謝を示し、彼女を送り出しました。以来、メンバーたちは、コンサートや何かのイベントで彼女に出会う度、昔弾いた曲を一緒に演奏し、楽しい時間を過ごしているそうです。

さて、それでは、彼女が指揮したVestersundsby Spelmänや、Kvinnfolkの演奏動画をご紹介して、この記事を締めたいと思います。

まずはVestersundsby Spelmänから。



歌は完全にフィンランドですね。器楽はスウェーデン的な響きもあるかな? 微妙なところです。

お次は、Kvinnfolkです。

…と思ったらYoutubeに動画がない。Facebookの動画、ご覧になれますでしょうか。

ハルモニウムの左でヴァイオリンを弾いているのがシヴです。

まだまだこれから、お元気にご活躍されると思うので、twitterFacebookもフォローしてみてくださいね。

(了)

【出典】

Siv Ekström Alands Socialdemokrater

Vestersundsby Spelmän "Hur laget kom till"




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