百合の花の官能と少女性

百合の花の匂いが好きだ。一見してほっそりと白く楚々とした見た目であるのに、濃厚で芳醇で官能的な匂いがするあの花が好きだ。
家人の誰かが玄関に飾ったらしい百合の花は、甘ったるく誘惑する毒婦のような香りで私を出迎えてくれる。毒婦に誘惑されたことなどないので想像に過ぎないが。一瞬にして私は庶民的で散らかり気味の玄関から夜のお店にでも来たかのような白昼夢に誘われる。百合の花粉は衣服に付着するとなかなか落ちないのも女性の化粧品のようでドキドキする。そんな成熟した女性のようなイメージがある花なのに、見た目はいたって清楚だ。細く白くしなやかな花弁たちはどれかひとつでも見劣りすることなく咲き誇り、そのきちっとした佇まいは百合を校章のモチーフにしている有名女子校の女学生たちを思わせる。みな背筋が伸びていて、自分に根拠のない自信を漲らせている。成熟した女性のような香りに女学生のような楚々とした佇まい。気がおかしくなりそうだ。

百合の花にそこまで纏っているわけではないが、ひとつ思い出がある。祖父が亡くなった時の葬式だったと思う。百合の花をいっぱいに敷き詰められた祖父の棺と対面した祖母は、重度の認知症でもう家族のことを覚えていないし祖父には何年も会えてすらいなかったのに、棺に収められた祖父を見て「かっこういいひとだねぇ」と愛おし気に冷たくなった頬を撫でていた。そのときの祖母の熟しきったような愛や、しかし初恋の少女のようにも見えたその面影は、百合の花の匂いがぴったりであった。その祖母ものちに亡くなったが、あの百合の香の蠱惑的かつ少女的な匂いで満たされた空間で再会した祖父と祖母の姿はずっと忘れないだろうなと思う。

百合の花は腐れると悪臭を放つが、その悪臭すら私は好きだ。濃密な女の愛が老いさらばえたような匂いが、かつて白くて可憐で美しかった頃を際立たせると思っている。捨てるのが惜しくなる。ずっとそこにいていいよと言いたくなる。家人から匂いで苦情が来るのでしぶしぶ変えるはめにはなるのだが……。
匂いというのは記憶と深く結び付いている。例えば寝ている人間の枕元にオレンジを置くとオレンジの夢を見るというし、他の五感と比べて印象に残りやすいのも匂いだった気がする。
私はこれから百合の花の匂いに、良き思い出を少しづつ植え付けていくつもりだ。大したことでなくていい。ただ私の人生の片鱗のいくつかが、あの甘く官能的でありながら涼やかな花と共にあればいいと思う。

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