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機動戦士ガンダム0087 SWEET 19 BLUES(前編)

機動戦士ガンダムで描かれた、宇宙世紀0079の戦争が終結したあとの、ホワイトベースの人々のお話シリーズ第2弾です。アムロとセイラが再会を果たすシリーズ「機動戦士ガンダム After the War 0085 姫の遺言」novel/series/7213272 の後のお話です。

連邦軍士官学校のある<サイド2>ブライトンの大学生、ベルトーチカ・イルマは19歳。シェアハウスしている友人2人がパイロット候補生を彼氏にしようと週末ごとに出かける様子を冷ややかに見ていた。そんなある日、母から士官候補生をサポートするスポンサー・ファミリーになったことを告げられる。
一方、もうすぐ19歳になる<サイド6>リボーに住むアルフレッド・イズルハは、7年前、やはり19歳で命を落としたバーニィの死の真相について、自分がずっとクリス嘘をついていることを思い悩んでいた。バーニィの残したメッセージを見直した彼は、クリスに会って本当のことを話そうと決意する。

子どもと大人の境界線に立つ19歳の群像を描くお話、前編です。

登場人物
セイラ・マス  北米・ボストン在住のジャーナリスト
アムロ・レイ  <サイド2>ブライトンの士官学校で学ぶ士官候補生

ベルトーチカ・イルマ      <サイド2>ブライトンの大学生
ジェリド・メサ         士官候補生でアムロの上級生
アメリア            ベルトーチカの友人
クリスティーナ・マッケンジー  士官学校の教官
アルフレッド・イズルハ     <サイド6>リボーに住む高校生

ジュード・ナセル  デイリー・ジオン・サンライズの記者
ジュリアン・リコ  士官候補生でアムロの同期
カルメンシータ   ベルトーチカの友人でジュリアンのガールフレンド
ラムザ       ベルトーチカの弟、母の再婚相手の息子


 週末、イーストエンド・ストリートは制服姿の男女で溢れかえっている。大学からの帰り道、士官学校の宿舎から出てきた士官候補生たちを見ると、ああ、今日は金曜日だとわかるのだ。<サイド2>のコロニー、ブライトンの宇宙港からほど近い場所に、ベルトーチカ・イルマの通う大学のキャンパスと隣り合って、地球連邦軍の士官学校があり、週末だけ許されている外出の機会を逃すまいと、士官候補生たちが街へ繰り出すのが、この街の風物詩になっていた。
 友人二人とルームシェアしているアパートに戻ると、案の定二人はいなかった。慌てて身繕いをしたのだろう、キッチンのシンクには、食器が洗わずに置かれたままになっており、共有スペースのリビングのテーブルには、化粧品が散らばっている。
「もう、ここで化粧するなって、何度言ったら聞いてくれるんだか」
 ブツブツ言いながら、ベルトーチカは散らかった化粧品をボックスに戻し、シンクにたまった食器を洗った。

 アメリアとカルメンシータは、高校の同級生で親友だった。卒業して家を出ようというとき、三人で市の中心部に近いアパートの一室を借りて、ルームシェアすることにしたのだ。寝室が3つあるファミリー層向けのやや高級なアパートだったが、その分治安もよく、セキュリティが行き届いており、家賃を3人で等分すれば、独居用のアパートと大差ない金額で借りられた。メリットは他にもあった。士官学校に近かったのだ。カルメンシータのボーイフレンドが、モビルスーツのパイロットに憧れて猛勉強の末入学を果たし、その彼と交際を続けるため、というのも、理由の一つだった。それはベルトーチカにも都合がよかった。大学が近かったからである。

 しかし、彼女たちは知った。週末ごとに、士官学校の宿舎の周囲にグルーピーが群がることを。そのほとんどは女性で、着飾って士官候補生たちの目に留まろうとし、あわよくば一夜をともにし、恋人になろうという企てを持っていた。彼らが卒業するまで関係が続けば、次のステップ、すなわち結婚が待っている。晴れて軍人の妻となった女たちは、夫とともに地球圏で、とりわけ地球上で居住する「権利」を手にすることになるのだ。
 不幸なことに、士官学校に入学した新入生は、半年間は宿舎外への外出を禁じられていた。ボーイフレンドのジュリアンと会えなくなったカルメンシータは、暇を持て余した週末、アメリアとともに、このボーイ・ハントに繰り出すようになった。中でも、人気はモビルスーツのパイロット候補生だった。基礎訓練を終えて実機に乗り始めた者は、制服の胸に翼のバッジを付けるようになる。それをつけてる人を狙うわけ、とカルメンシータが得意げに教えてくれるのを、ベルトーチカは呆れ顔で聞いていた。半年たって、ジュリアンに外出許可が出た頃には、彼女はジュリアンのことを気にも留めなくなっていた。彼はまだ、基礎訓練で苦しんでいたからである。

 みんなが狙っているのは彼なの、と写真を見せてくれたこともあった。金髪をきれいなリーゼントに整えた、ずば抜けて背が高い男だった。ジェリド・メサっていうの。彼のいいところはね、ハンサムというのはもちろんだけど、まずはね、地球の北米、ニューヨークの出身だってこと。それに、パイロットコースに進んでいること、それと、父親が連邦議会の議員という毛並みの良さよ。
「ふうん、確かにね。すごく、ギラギラしている」と、その写真を見て言ったことを覚えている。
「私は興味ないわ、こういう、平和なインテリジェンスを感じさせない人には」
「そうよね、あなた自身が嵐を巻き起こす人だから」
 カルメンシータの嫌味を軽く聞き流したベルトーチカだったが、それは彼女の本心だった。一年戦争の最中、父は帰らぬ人となった。木星エネルギー船団の一員として大型輸送船ジュピトリスに乗り組んでいた父ヘルムート・イルマは、地球へ戻る途上で謎の死を遂げたのだ。戦後、当時ジュピトリスの指揮官を務めていたブレックス・フォーラ少将が、自ら彼女と母の暮らす家を訪れ、父の死の真相を明かしてくれた。遠く離れた木星を往還する船の中にまで、戦争の余波は届いていたのだ。
 だから、カルメンシータとアメリアは、週末の外出に決して彼女を誘わなかった。でも、それはそんな彼女の生い立ちに配慮したからだと、彼女は思っていなかった。だって私が一緒にいれば、どんな男だって、私を選ぶに決まっているじゃない。

 帰り道に買ってきたケータリングの食事をテーブルに広げたとき、電話が鳴った。珍しいわね、合コンの人数合わせに私にも来てってお誘いかしら。そう思いながら回線をつなぐと、電話の主が言った。
「ベルトーチカ、明日は土曜でしょ、夕食はこっちにいらっしゃい」
「急に、どうしたの? ママ」
「私たち、士官候補生のスポンサー・ファミリーになったの」
「何なの、それ」
「士官学校の学生さんたち、みんな実家から遠く離れたところにいて、なかなか家族とも会えないし、出かけたりするのにも不自由するでしょう? そういう人たちの里親になって、ときどき家に招いて食事をしたり、休日に買い物に連れて行ったりする、という役割をするの」
「ふうん、いつも家のことなんかほったらかしだったママが、なんでまた、急にそんなことを?」
 いかにも気のない様子で、ベルトーチカは返事をする。
「わかった、あの人のアイデアね。幸せなファミリーごっこ。やりそうなことだわ」
「ベル、かりにもあなたのお義父さんでしょ、あの人、なんていうのはよして」
「何度も言うけどママ、私のパパは一人だけよ。あの人は違う。絶対に、お父さんなんて呼ばないんだから」
「‥‥わかったわ、あなたの気持ちは。で、土曜日は来てくれるわよね? 早めに来て、夕食の準備を手伝ってちょうだい」
「ラムザは、どうするって?」
 彼女は義理の弟の名を出した。母の再婚相手の連れ子で、彼女の4つ年下だったが、父親をいつも冷めた目でみているシニカルな皮肉屋で、何となく、ベルトーチカとは気が合うのだ。
「もちろん、ラムザも参加するわよ。興味があるみたい、パイロット候補生だって」
「あっ、そう」彼女はカルメンシータとアメリアの顔を思わず思い浮かべ、急にワクワクし始めたが、それを気取られないよう、わざとそっけない返事をした。
「わかった。じゃあ土曜日に行くわね、夕方4時ごろでいい?」
「待ってるわ、よろしく」


 <サイド6>で出会ったときのバーナード・ワイズマンは確か19歳だった。あれから7年、今度は僕が19歳になる。あのときのバーニィと、同い年になるのだ。
 アルフレッド・イズルハは<サイド6>リボーで高校を卒業したあと、アルバイトをしながら不安定な生活をしていた。両親からは、これからどうするつもりだ、大学へ進学しないなら就職しろ、手に職をつけて自活しろ、と顔を合わせるたびに言われていたが、一体自分が何をしたいのか、何に向いているのか、さっぱりわからない。それに、彼にはずっと心に引っかかっていることがあった。それをどうにかしなければ、きっと自分はちゃんとした大人になって、前に進むことはできないだろうと、ぼんやりと思っていた。

 それは一年戦争も末期の、宇宙世紀0079年12月のことだった。中立国のはずのコロニーに、ジオン軍のモビルスーツ、ザクが侵入してきて、戦闘の末不時着する。モビルスーツの写真を撮ろうとカメラを持ってその機体を追いかけたアルは、コックピットから出てきたパイロットと遭遇した。それが、バーニィことバーナード・ワイズマンだった。
 連邦軍が極秘に<サイド6>に持ち込み開発テストを行なっていた新型モビルスーツを奪取すべく送り込まれた特殊部隊・サイクロプス隊の一員として再び<サイド6>に潜入した彼を追いかけ、彼らのアジトを突き止めてしまったアルは、隊長から認められてメンバーに加わった。同じ頃、隣人で小さい頃親しくしてくれた年上の女性、クリスティーナ・マッケンジーが戻ってきて、アルを通じてバーニィも彼女と親しくなった。しかしアルは、彼女、クリスが連邦軍で新型モビルスーツのテストパイロットという任務に就いていたことを知らなかった。
 サイクロプス隊の新型モビルスーツ奪取計画は失敗し、バーニィ以外の隊員は全滅してしまう。一人残されたバーニィは、この失敗によりジオン軍がクリスマス当日にコロニーを核攻撃することをアルに明かし、自分は逃げるからおまえも逃げろと言うが、しばらくして思いを翻し、ジオンの核攻撃を阻止するため、打ち捨てられていたザクを補修し、単身、連邦軍の新型と対決することを決意する。そして彼は、見事にその任務をやり遂げた。だが、そこで19年の短い生涯を閉じねばならなかった。彼の命を奪った新型モビルスーツに乗っていたのは、クリスだった。
 年が明けて戦争は終わった。転任になったクリスはアルに別れを告げたとき、バーニィによろしく伝えてほしいと言った。そのことが、ずっとアルの心の中に、澱のように残ってこびりついていた。とても言えなかった、バーニィは死んだ、とは。あなたがそのコクピットを貫いた、あのザクに乗っていたのだとは。

 彼は、今までに何度となく見たバーニィのビデオメッセージを、また見ていた。19歳だったバーニィは、あのとき、あと1機落とせばエースなのに、とアルに自分を大きく見せるような嘘をついていたが、最期には本当の自分を曝け出し、命懸けでコロニーを守ってみせた。自分に、そんなことができるだろうか。
 クリスが別れの挨拶に来たとき、彼は言った。バーニィもきっと残念がると思うな、と。嘘だった。本当のことが、言えなかった。バーニィが嘘をついたのは、自分がパイロットであるバーニィに見ていた「夢」を壊さないためだった、と今になってみるとアルにはわかる。そして自分も、嘘をついた。クリスの心を、傷つけないためだった。その嘘は、まだ子供じみていた自分が持ち続けるには、重すぎるものだった。
 あれから何度か、クリスからメールをもらった。そのたびに、彼女に本当のことを伝えられていないことを思い出し、苦しくなった。だが真実を伝えられないまま、近況を知らせるだけの短い返事を送って済ませていた。去年のクリスマスに届いたカードには、<サイド2>ブライトンの士官学校で教官の仕事を始めた、と書いてあった。そして、もしよかったら、いつでも遊びに来てね、と書き添えられていた。それは社交辞令だとわかっていたが、アルは、今度こそ行って、話さなければならない、と思った。
 アルはクリスに返事を書いた。会って、話したいことがあります。時間をとってもらえますか?


 夕方、同じコロニー、ブライトンの郊外にある実家に戻ってみると、ワインレッドのカシュクール・ワンピースで着飾った母が出迎えてくれた。
「どうしたの? その格好。まるでパーティにでも行くみたい」
 ベルトーチカはローライズのジーンズにTシャツというラフな格好で、まるで釣り合いが取れない。
「ああ、言っておけばよかったわね、ちゃんとした格好でって」
「なんでよ、自分の家に帰るのに、ちゃんとした格好もなにもないでしょ」
「何言ってるの。士官候補生はね、外出するときはいつだって制服を着用するっていう決まりなのよ。お迎えする側だって、きちんと服装を整えないと」
 横から顔を出した義弟のラムザが、彼女に向かって大袈裟に肩をすぼめてみせたので、思わずベルトーチカは吹き出した。これが、彼のいう幸せなファミリーごっこというわけね。確かに彼もチェックのシャツの裾をチノパンにインした、優等生スタイルである。
「わかったわ。でも、どうすればいい?」
「あなたの部屋に、アパートに持っていかなかった服がまだ残っているでしょ、その中に適当なものはないの?」
「見てみる」
 ベルトーチカはそう言うと、階段を駆け上がって、実家を出るまで使っていた自分の寝室のドアを明けた。部屋の中はそのままになっていたが、クローゼットには流行遅れの服しか入っていない。
「ママ、私、一度アパートに戻って着替えてくるわ。まだ時間、間に合うでしょ?」
 階段を駆け下りながらそう言うと、ベルトーチカは返事も聞かずに家を飛び出した。

 彼女が水色のワンピースに着替えて戻ってくると、母は満足げな表情をみせた。胸元がスクエアカットになった、ノースリーブのタイトドレスで、胸からウエストの下まで、大きな飾りボタンが二列に並んでついている。
「まあ、やっぱりそういうのが、あなたにはよく似合うわ」
 キッチンには、大皿に盛り付けた料理がいくつも並んでいる。結局何一つ手伝わなかったけど、必要なかったみたいね。そのとき玄関で声がして、様子を察したラムザがキッチンにいる二人に言った。
「パパが帰ってきた。連れてきたみたいだよ」
 三人はリビングで、やってきた青年を出迎えた。義父が家族を紹介する。
「こちらが、妻のアナスタシア。真ん中にいるのがラムザ、そして右の娘がベルトーチカだ」
 ベルトーチカは、連邦軍の淡いグレーの制服を身につけた、その青年を見た。赤い癖毛で、これから軍人になるとは思えないやさしい目をしていた。彼は手を差し出し、それぞれと握手し挨拶した。
「アムロ・レイです。よろしく」


 食卓について乾杯を交わすと、さっそく父が問いかけた。
「これから、君が無事士官学校を卒業して少尉の階級章をつけるまで、私たち家族でサポートしていきたいと思っているんだが、まずは、君のことをいろいろと教えてもらってもいいかい?」
「ええ、もちろんです」
「じゃあ、アナ、君から」
 母がにっこり微笑むと、では、と一つ質問をした。
「ご出身は? ここへ来る前はどこにいらしたの?」
「出身は日本です。5歳ぐらいまでそこで育ったあと、父の仕事の関係で宇宙に上がり、あちこちを転々としました。ここに来る前は、北米のケンブリッジという街で、大学に通っていました」
「じゃあ、大学を辞めてここに来たってこと?」ベルトーチカが口を挟む。アムロがうなずいた。
「だから、他の学生より3つほど年上ってことになるけど」
 僕が聞いていい? とラムザが視線を送り、口を開いた。
「そこまでして、どうして士官学校に?」
「モビルスーツのパイロットになるには、今の所、それしか方法がないからだよ」アムロが言った。
「父が、連邦軍のモビルスーツの開発プロジェクトに携わっていました。父は戦争の時受けた傷がもとで亡くなりましたが、父が心血を注いで開発した機体を動かすことができるようになりたいと、思ったんです」
 ベルトーチカは、テーブルに肘をつき、両手に顎を乗せて彼を見た。カルメンシータは、基礎訓練を終えて実機に乗り始めた候補生は、制服に翼の形のバッジをつけている、と言っていたが、彼の胸にはついていない。
 じゃあ私、というと、彼女はアムロに問いかけた。
「でもパイロットって、モビルスーツを動かすだけの仕事じゃないでしょ、戦いになれば、武器を取って相手を殺すこともある。それはどうなの? それも含めて、なりたいって思ったの? モビルスーツのパイロットに」
 彼女の言葉で、アムロの表情がこわばったのが、誰の目にもはっきりとわかった。母のアナスタシアが慌てて言う。
「なんてこと言うの、ベル。まだ会ったばかりの人に、不躾すぎるわ」
 ベルトーチカは、プイっと顔を背けたが、アムロは母にいいんです、と笑顔を向けると、言った。
「もちろん、そのことも含めて、です。少しだけど、一年戦争のとき戦乱に巻き込まれたことがありました。友人を、失ったこともありました。はっきりしているのは、武器を持って攻撃してくる相手には、自分も武装して立ち向かうより他に、方法はない、ということです。そうでなければ、人の命を守ることはできない」
 一瞬、水を打ったように、部屋は静まり返った。やがて父親が手を広げて言った。
「ベル、聞いたか、彼の答えを。すばらしい若者じゃないか、きっと、優秀なパイロットになる」
 基礎訓練を無事終えればね、と内心思いながら、ベルトーチカは、そうね、と答えた。
「さあ、難しい話はこれくらいにして、どうぞ、召し上がって。料理はまだ、たくさんあるのよ」

 食事のあと、彼はキッチンで食器を洗って片付けるのを手伝い、それからソファで食後のお酒を楽しんだ。内気な性格で引っ込み思案なところのあるラムザが、なぜかアムロに対しては自分から近寄って、心を開いている様子がベルトーチカには不思議に思えた。
「ねえ、アムロ、パイロットもゲームしたりするの?」
「まだ、パイロットじゃない、ただの候補生だ」
「ゲームは?」
「昔は、よくしていたかな、大学にいた頃は、どっちかというと遊ぶより作る方が多かった、僕も、友だちも」
「よし、じゃあ僕と対決しよう」
  二人はモニターの前に座り、画面の上で対決した。ゲームタイトルはディスティニー・ブラザース・カンパニーの人気バトルアクション『バトルシップ・トルーパーズ』で、バトルシップで異世界宇宙を旅する宇宙の戦士が「パワードスーツ」を身につけ、機動歩兵となって戦場を勝ち抜いてゆくというものである。その「パワードスーツ」は、少しモビルスーツに似ていた。最初はこのゲームをやりこんでいるラムザが圧倒的に強かったが、次第にアムロが操作に慣れてくると、戦いは互角となった。
「やった、勝った!」
 接戦をものにしたラムザが、いつになく興奮した様子で両手を挙げた。アムロが悔しげに頭を抱えている。その様子を見ていた父親が、言った。
「アムロ、最近じゃ、スポンサーファミリーのサポートを受けたがらない候補生も多いらしいが、君は、どうしてサポートを受けようと思ったのか、聞かせてくれないか?」
 彼は、二人の父親の方に顔を向けると、言った
「実は僕自身、家族というものをよく知らないんです、父と母とは5歳のときに別居して以来、ずっと父と二人暮らしだったので‥‥、自分たちが守ろうとするものがどういうものか、知りたいと」
「じゃあ、あなたは今一人? 家族はいないの?」
 ソファに座っているベルトーチカが、足を組みながら言った。
「そういうことになるね」
「そう、そういう人にとっては、うちみたいな家族でもまぶしく見えるわけね」
「やめろよ、ベル、そうやっていちいち突っかかるのは」
 弟のラムザが、たまりかねたように口を挟む。アムロは時計に目をやると、言った。
「そろそろ、失礼しないと。今日はありがとう、楽しい時間を」
「また、お休みの時には声をかけさせてもらうわ」母のアナが言った。
「私、送っていくわ」とベルトーチカが、立ち上がる。さ、行きましょ、と彼女はアムロを促したので、アムロは挨拶もそこそこに彼女と家をあとにした。


 アムロを乗せたエレカを走らせながら、ベルトーチカは、さっきの毒舌を気にする様子もなく、言った。
「私の友達のボーイフレンドも、士官学校に行っているの。多分あなたと同学年だと思うんだけど、知ってるかしら、ジュリアン・リコ」
「知ってるよ、同期入校で、今一緒に訓練を受けている」
「この前、友達に電話してきたとき、言ってたの、訓練も授業も厳しくて、DORと叫びたくなる、って。ねえ、DORって何? 何かの略?」
「自主退学(Drop Own Rquest)の頭文字をとって、DOR。任意除隊のことだ」
「つまり、もうやめたいってこと?」
「自主的にやめる、と言わせてるだけで、実際には辞めさせられるんだ」アムロが言った。
「ふるいにかけられているってことさ」
「ふうん、で、あなたは大丈夫?」
「ジュリアンは、バスケットボールをずっとやっていて、主将の経験もある。体力、運動神経、リーダーシップは抜群だ。だけど、数学、物理で苦しんでいる。僕は、その逆。大学は理系だったし、理論の方は問題ないけど、スポーツの経験はないし、体力もないし、それに、集団行動が苦手だ。なんでもかんでも、言われたことにイエッサー、と答える、とか」
「確かにね、どう見たってあなた、軍隊向きじゃないわ」
 ベルトーチカは、そう言うとバンドルを握りながらチラリと助手席のアムロを見た。彼は何も言わず、ただじっと前を向いていた。
「本当の理由は、なに? あなたが、パイロットを目指している本当の理由は」
 アムロは、ベルトーチカの方に顔を向けた。
「なぜ、僕が嘘を言ってるって、思うんだ?」
「だって、答えが優等生すぎるわ。建前でしょ? 私は本音が聞きたいの」
「ありがとう、ここでいいよ」アムロが言った。ベルトーチカは、車を道路の端に寄せて駐車した。
「答えずに、逃げるつもり?」
「ジュリアンの彼女に言ってやってほしい、彼は大丈夫だって。今日はありがとう。楽しかった。ご両親とラムザにも、よろしく」
 そう言うと、アムロはエレカを降り、夜の街を歩き去っていった。
「なによ、つまんないヤツ」
 ベルトーチカはハンドルを切ると、クラクションを鳴らす車に毒付きながら、家路に着いた。

 家に戻ると、リビングにいたラムザがさっと立ち上がり、ベルトーチカの方にやってくると、言った。
「いい加減にしろよ、ベル。そうやって、人の心にずかずか踏み込むの、よくないと思うよ」
「何の話?」
「とぼけるなよ、アムロに言ったことだよ。わかってるだろ?」
「ああ、あれ? 私はただ、正直に自分の聞きたいことを聞いただけ。彼だって、別に怒ったりしてなかったわ。何が問題?」
「嘘つけ。アムロは、傷ついてた。大人だから、それを表に出さなかっただけさ」
「あら、子どものくせに、よくわかるのね。彼のカウンセラーにでもなったつもり? あ、それか、今流行りのニュータイプってやつ?」
「茶化すのはやめろよ。僕は真面目に話してるんだ」
「あ、そう、じゃあ言って。私の何が問題?」
 とベルトーチカは両手を腰に当てて、仁王立ちになる。そうすれば、内気なラムダは怯んでなにも言えなくなる、と思っているのだ。だが、その日のラムダは引き下がらなかった。
「ベルはね、自分が傷つきたくないから、自分が傷つけられる前に相手を傷つけるんだ。わかってる? 自分で」
 ふん、と彼女は目を逸らしている。
「ほら、言い返せないと思ったらそんなふうに拗ねてさ、私は大人、あんたは子ども、っていつも僕に突っかかってくるくせに、自分は都合よく、大人と子どもを使い分けてるじゃないか」
 彼女は腕組みをすると、言った。
「それがどうか? あのね、私は19歳なの。あなたより年上。でも、また10代よ。大人ぶらずに子どもの武器も使える、いちばん旬なときなの。わかる?」
「ばっかみたい」とラムザは言い捨てる。「要するに、ベル。アムロのことが気になる、ってことだろ?」
「そうよ、だったら何なの?」
「僕が言いたいのは、好かれたいんだったら、嫌われるようなことは言うなってことだよ」


「地球連邦軍はアナポリス、ナイメーヘン、そしてここ<サイド2>のブライトン、の3か所に士官学校を開設しています。最も新しいのがブライトンで、主にモビルスーツのパイロットとなる士官を育成するため、一年戦争終期に開設されました」
 セイラ・マスは<サイド3>デイリー・ジオン・サンライズの記者、ジュード・ナセルとともに、ブライトン士官学校の広報官の説明を聞いていた。戦後、その存在自体が隠匿された、一年戦争時のホワイトベースとその乗組員、とくに少年兵たちについて、彼が取材したいと思い立ったきっかけを与えたのは、彼女だった。2年前、兄キャスバルがダイクン派とともに軍を煽動してジオン共和国でクーデターを起こしたとき、兄に囚われた彼女が、取材のためジオンの首都ズム・シティに来ていたカイ・シデンを通じて連絡を取ったのが、彼だった。セイラと、彼女を救出しに来たアムロの取った行動を目の当たりにした彼は、セイラに「あなたたち、何者なんですか?」と率直な疑問を投げかけた。その答えを自らひもとくために、彼は動き出していたのだ。
 士官学校に入ったアムロに取材するのは難関と思われたが、校長を務めるジョン・コーウェン少将は、それを前向きに捉え、制限付きの許可を与えてくれた。その取材のためコーウェン少将と交渉したのが、セイラだった。コーウェンは一年戦争時、地球連邦軍のモビルスーツ開発プロジェクトのリーダーを務めており、アムロの父、テム・レイはその元でガンダムの開発に携わっていた。幻と消えた試作機RX−78の知られざる活躍に光を当てることは、コーウェンにとっても望ましいことだったのだ。
 取材のコーディネートに協力したセイラがブライトンまで来たのは、ジュードに、ぜひ同行してほしいと言われたからだった。セイラは、それに同意した。彼女自身もまたジュードから取材を受ける立場だったこともあるが、士官学校に入って以来会っていないアムロに、少しでも会えるならそれもいい、と思ったのだ。

「旧ジオン公国軍の士官学校は大変に厳しいカリキュラムで知られていましたが」と、ジュードが広報官に尋ねた。
「このブライトンの士官学校も、訓練の厳しさではそれに匹敵すると聞いています。開設当初から、そうだったんですか?」
 広報官が、答えた。
「残念ながら、我々連邦軍はモビルスーツ開発でジオン軍に遅れを取り、実戦投入までに9ヶ月ばかりを要しました。実機の開発の遅れは当然ながら、パイロットの養成にも影響し、量産され始めたばかりの機体に数週間ほと訓練を受けただけのパイロットを乗せて、出撃させざるを得ませんでした。そのため、その損耗率は異常なほど高かったのです。こうしたことへの反省から、本校では厳しい基礎訓練と適性試験をパスした候補生のみが、実機訓練に進めるというカリキュラムになっています」
「パスできなかった候補生はどうなるのですか?」
 セイラが尋ねた。
「自主退学(Drop Own Rquest)となります。毎年、入学者の1割前後が最初の基礎訓練段階でドロップアウトしていきます」
 今の自分には、とても無理だろう、とセイラは思った。話を聞いていると、自分が前線に出て戦っていたこと自体が、まるで夢の中の出来事のようにさえ思えてくる。アムロは大丈夫なのだろうか、と、ふとセイラは心配になった。実機に搭乗することには、何の問題もないだろう。だが、そこに辿り着くまでの訓練は、アムロの苦手そうなことばかりに思える。
 二人は広報官の案内で、訓練施設の一部を見学した。緑の芝生に覆われたグラウンドを、隊列を組んだトレーニングウェア姿の候補生たちが、教官の号令に応答しながら走り抜けてゆく。かつては兄、キャスバルもジオンで同様の訓練を受けただろう。優しかった兄が身につけた冷酷さは、こうした訓練の賜物だったのだろうか。もしそうだとしたら、やがて訓練を通り抜けたアムロもまた、あの冷酷さを纏っていくのだろうか。
 セイラは、急に身震いしたくなるほどの孤独を覚えた。今、このコロニーにいるであろう彼が、とても遠い存在になってしまった気がした。

〜つづく〜


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