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機動戦士ガンダム0085 姫の遺言 #6 姫の遺言(最終回)

機動戦士ガンダムで描かれた、宇宙世紀0079の戦争が終結したあとの、ホワイトベースの人々を、アムロとセイラをメインに描いたシリーズ「機動戦士ガンダム After the War 0080」に続くお話、第6話(最終回)です。
コロニーを脱出したアムロ、それを追うシャア。軍事境界線が迫る中、シャアは妹の乗る機体に照準をあわせる。


「あの赤い隊長機は、キャスバル総統の搭乗機ではないのですか?」
「反逆者に奪取された!」
「どこに向かっているんだ?」
「推定される進路は、月のグラナダです」
「しかし、あの機体に積んだ推進剤の量では、到底たどり着けまい」
 キャスバル総統用に調整されたアムロの搭乗機には、ジオン軍のほぼすべての通信が入ってくる。おそらく彼は、自らモビルスーツで先陣を切りながら、なおかつ全軍を指揮しようとしていたのだろう。
「総統府からは、捕獲命令が出ています」
「撃墜、ではないのだな」
「反逆者は、総統の妹君を人質に取っている、なので捕獲の上妹君を救出後、反乱者は射殺せよ、とのことです」
 そこへ、聞き覚えのある声が割り込んできた。
「ジオン全軍に告ぐ。私、キャスバル・レム・ダイクンは反逆者の機体を追尾している。反逆者を軍事境界線内に滞留させ、捕縛せよ。繰り返す。反逆者を、捕縛せよ。ただし、軍事境界線を超えた場合は、撃墜を許可する」
 アムロは、その「声」がそう告げるのと同時に、数機のモビルスーツが彼の機体の後方に展開するのを確認した。彼らは、次第に距離を詰めてくると、アムロ機を射程に捉えて容赦なく発砲してきた。
「!!」
 アムロは、その数条の伸びてゆくビーム光を、機体を翻すようにして回避すると、グンッと加速して彼らを引き離す。
「軍事境界線までの距離は?」
「このままでいけば、あと20分で到達するわ!」
「向こうの動きは? 何かわかるか?」
「確認する!」
 追撃隊の放つビームライフルの光芒が、さらに激しく入り乱れる。
「その前に、追っ手の数を減らす」
 アムロはそう言うと、機体を反転させ追撃してくるモビルスーツ隊に向き合った。一瞬、相手がひるむのが分かった。アムロは相手との距離をぐんぐん詰めてゆくと、「左手」で敵機にボディーブローを放った。そしてその「手」でビームサーベルを抜いてビームライフルの照準を合わせようとしている2機目に急接近すると、腕ごと切り落とし、3機目の頭を掴んでそのモノアイを破壊した。
「くそっ」そのまま、アムロ機に蹴り飛ばされた機体のパイロットの、罵りが回線から聞こえてくる。
「反逆者だって?一体、何者なんだ?」
 追ってきた、あと3機のモビルスーツは、その肉弾戦に恐れをなして間合いを取り始めた。アムロは機体を翻し、一気に加速して引き離す。
 その中から1機、明らかに他とは違うスピートで迫り来る機体があった。
「来たな、シャア!」
「来たわ!アムロ、軍事境界線付近を、大型戦艦が航行している!」

 カイがファレル少尉らとともにブリッジに上がると、ハヤトは早速艦長席の上に張り出たオペレーター席に着いた。もう一人のオペレーターが艦長に報告する。
「軍事境界線付近で、救難信号を発信しながら航行する機体があります!」
「方向は?」
「10時の方向、熱源から推察すると、モビルスーツかと思われます」
「追尾する機体はあるか?」
「後方から3機」ハヤトが言った。「うち1機は、つ、通常の3倍のスピードで接近しています!!」
「レーザー発振で、こちらの位置を知らせろ! モビルスーツ発進口を開け!」
「艦長!」カイが叫んだ。
「相手はシャアだ。軍事境界線を超えたら追跡を諦める、なんて甘い考えは、捨てた方がいいと思いますよ」
「なんだと?」

「アムロ! 見えたわ! 2時の方向にレーザー発振! 連邦軍よ」
 セイラは、狭いコックピットでアムロにしがみつきながら、懸命に機器を操作していた。
「通信回線、開きます」
 回線が開いて、雑音まじりの声が聞こえてきた。
「…こちら、地球連邦軍グラナダ基地所属、戦艦アルビオン。救難信号を受信し現在、救援に向かっています。状況を教えてください」
「こちらの搭乗機は未知のモビルスーツ、ジオン軍のモビルスーツ3機から追撃を受けている」
 アムロが応答する。「ジオン軍の目的は当機の捕獲だが、軍事境界線を超えた場合は撃墜命令が出されている」
「…了解しました。こちら戦艦アルビオン、モビルスーツ発進口を開いていますが、着艦は可能ですか?」
「無理だ、追尾してくるモビルスーツから、当機は攻撃を受けている。着艦コースに入ると、貴艦が被弾する恐れがある」
 アムロは敵の攻撃を回避しながら答える。
「この機体は捨てる、救難艇を出してくれ!」
「了解」
「機体を捨てるって、どういうこと?!」
 セイラがたずねる。大丈夫だ、とアムロは応じると、素早くコンソールパネルを操作した。

 シナプス艦長が救難艇の発進準備を命じると、カイ・シデンはファレル少尉とともにブリッジを出て駆け出した。ノーマルスーツを着用すると、モビルスーツデッキに降りてゆく。その先に、ちょうど救難艇が出てきたところだった。二人はデッキ要員の静止を振り切り、救難艇に飛び乗った。
「なぜ、あなたまでついてくるの?!」ファレル少尉がカイを睨んだ。
「当たり前だろ? あんたに、アムロがどこからどうやって脱出してくるのか、わかるのか?」
「あなたなら、わかるっていうの?」
「そういうこと!」

 モニターが、軍事境界線の接近を示している。キャスバル・レム・ダイクンは、その貴公子の姿をかなぐり捨て、コックピットで「赤い彗星」と呼ばれたあの頃の高揚感に包まれていた。
「閣下、それ以上の深追いは危険です!」旗艦からの通信が耳を打つ。
「軍事境界線の向こう側に、連邦軍の戦艦が現れました!」
「そんなものを、私が恐れると思うか?」キャスバル=シャアが言った。
「言ったはずだ、軍事境界線を越えたら、容赦なく撃墜する」
「閣下、お待ちください、その機体にはアルテイシア様も搭乗しているのです!」
 シャアはそれには答えず、ビームライフルの射程にアムロ機を捉える。
「そんな説得はきかない、そうだろう、シャア」彼の耳に入ってきたのは、アムロの声だった。
「あなたが大切にするのは、利用する価値のある人間だけだ。自分の手足になるなら、僕ですら同志にしようとする。反対するなら、血を分けた妹さえ撃てるんだ」
「ララァ・スンを殺したおまえに、それを言う資格があるのか!」
「ララァはあなたの盾になって死んだ!」
 二人の機体の距離はみるみる縮まってゆく。アムロは、シャアの一撃を回避すると、その懐に飛び込んだ。
「馬鹿な!当たらんとは!」
「ええい!」
 アムロ機が、その「足」で強烈な一撃を食らわせ、シャアは弾き飛ばされ大きく後ろにのけぞった。アムロ機はそのまま推力を上げ、飛び去っていこうとする。
「このまま、去らせるわけにはいかん!」
 シャアは態勢を立て直すと、もう一度、その照準をアムロ機に合わせた。

「見えたわ! アムロ!救援が! 9時の方向!」
 セイラが叫んだその時、二人を乗せた機体は軍事境界線を越えた。救難艇より、通信が入る。
「…アムロさん、セイラさん、お二人の機体を確認しました。しかし、敵機多数のためこれ以上近づけません。引き離せますか?!」
 アムロが、応答する。
「当機も救難艇を確認した。その場所で待機していてほしい。奴らを引き離し、僕たちは、この機体から脱出する」
「…了解」
 救難艇の狭い機内で、ファレル少尉がパイロットに詰め寄っていた。
「どうして、もっと近づけないの? これでは届かないわ!」
「ここで待機、と指示が出ています!」パイロットが答える。
「それに、これ以上近づくと流れ弾に当たる危険が…」
「何言ってるの、あなたたち、プロの軍人でしょ? 彼らは民間人なのよ!」
 そこへ、カイが割って入る。
「少尉、そうこうしているうちに、お二人さんが来るぜ?!」
 二人の機体は、数本のビームライフル弾の光条をかわしながら、木の葉のように舞っている。と、後方から近づく1機の姿とともに、一瞬、その攻撃が止んだ。


「また、シャアが来たわ!アムロ」
「よし、今だ。脱出する」そう言うとアムロは、コックピットハッチを開け、セイラを抱きかかえたまま立ち上がった。
「1、2、3で僕のスーツの背面バーニアを開く。しっかり、つかまっているんだ」
「わかったわ!」
「1、2、」とアムロは数えると、「3」で大きくコックピットハッチから外へと蹴り出した。
 宇宙空間に飛び出した二人が機体から離れると、自動でハッチが閉まり、二人が乗っていた赤い機体は救難艇のいる方向から離れてゆく。そしてシャアの来る方向に体を向けると、ビームライフルを構えるポーズを取った。
 赤い機体が発砲したその刹那、シャアの放ったビームの光条が、そのコックピットを貫いた。交叉した赤の機体からのビームがシャアの機体の右腕を吹き飛ばす。
 漆黒の闇に、大きな爆発の光が膨らみ、広がった。
 救難艇で、ファレル少尉はその光を見た。「ち、直撃?!」
「大丈夫だ、来るぞ!」とカイが言うと、救難艇の扉を開けて身を乗り出し、手を振り始めた。
「どういうこと?」
「見ろ、二人は脱出した。こっちへ向かってくるぞ! パイロット、二人が見えるか?」
「お二人の姿を確認しました! 接近します!」
 ファレルは、モビルスーツの爆発するその光の中から、ノーマルスーツ姿の二人が向かってくるのを見た。
「こっちだ!アムロ!セイラ!」カイが叫ぶ。赤いノーマルスーツが、親指を立てながら近づいてくるのが見えた。
「人生、二度もこういうことってあるもんじゃないぜ、普通?」
 カイは腕を広げながら、つぶやいた。

 本来なら自身の愛機になるはずだった、そのモビルスーツが閃光を放って消え去るのを、シャアはコックピットで呆然と見つめていた。その耳には、現場の混乱の状況と、交錯した情報が入ってくる。
 おれは、撃ったのか、アルテイシアを…
 彼は機体が慣性に流されるままに、漂っていた。あの、最後に見せた、真紅の機体のやや不自然な上昇。何よりも確信があった。アムロなら、あの状況で私を狙ってはずすはずが、ない。
 おれは、おれ自身を、撃ったのだ、キャスバル・レム・ダイクンという道化を…
 同胞の機体、艦艇の姿が遠ざかってゆく。この闇が、自分の行方を隠してくれるだろう。ジオン共和国の刑法では、国家転覆罪は死刑だ。そして、キャスバルは宇宙で死んだ。
 ザビ家への復讐を誓ったシャアでなく、ジオンの遺志を継いだキャスバルでもない、おれはおれの人生を生きる。それが、私への餞はなむけ、なのだな、アムロ…。
 彼の機体は、月の裏側の漆黒の闇の中へ、消えていった。

 私の名前は、アルテイシア・ソム・ダイクン。この名前を名乗るのは、これが最初で最後になる、と確信しています。
 私はジオン・ズム・ダイクンの娘として生を受け、8歳で父がザビ家の手で暗殺されるまで、<サイド3>で育ちました。父の死後密かに国外へ脱出し、以来、兄の誘いで先日のジオン独立記念日に再入国するまで、地球連邦の一市民として、ごくありふれた人生を生きてきました。
 兄、キャスバル・レム・ダイクンが武力をもってこの父の名を持つ首都を制圧したとき、私は愕然としました。そんなことを計画しているとは、知らなかったからです。父・ジオンの理想の実現のためには、ザビ家が敷いたような独裁体制が必要だ、という彼の考えに、私はまったく同意することができませんでした。そう伝えると監禁され、行動の自由を奪われました。今こうして国民に向けてメッセージを発することができるのは、連邦市民である友人たちの尽力によるものです。
 それ以上に私を驚かせたのは、キャスバル・レム・ダイクンと軍部とが結託して起こした軍事クーデターにより自由を大幅に制限されたにもかかわらず、唯々諾々とそれに従い異を唱えることもしない、あなたがた国民の態度です。地球連邦の人口の半数を死に至らしめるほどの犠牲の上に勝ち取った、あなたがたにとっての「独立」とは、その程度のものだったのでしょうか。

 私は父の死後地球連邦に渡り、ただ一市民として静かに過ごしていただけではありません。一年戦争時には居住地が戦場となり、連邦軍兵士として最前線で武器を取って戦うことさえしました。コロニー落としという非道な手段によって地球の半分を制圧したとき、降下した先であなたがたは見たはずです。自らを守るべき軍隊が壊滅状態に陥っても、それでも地球連邦の市民が、それぞれのやり方であなたがたの支配に抵抗し続けた、その姿を。ジオン軍の攻撃を受けたとき<サイド7>にいた私や、ともに戦った友人たちもみな、そうでした。

 ジオンには、強いリーダーシップで統率する指導者が綺羅星のように輝いています。私の父ジオン・ダイクン、その遺志を継いたギレン・ザビ、次世代リーダーとして国民から絶大な人気を誇ったガルマ・ザビ、「蒼い巨星」ランバ・ラル、「黒い三連星」と称されたガイア、オルテガ、マッシュ、そして「赤い彗星」と呼ばれたシャア・アズナブル。連邦市民で、その名前を知らない人はいないでしょう。しかし、地球連邦には、レビル将軍のほかには自国民にさえ名の知れた英雄は一人もいません。戦争中にも、表立って強いリーダーシップを発揮した指導者はこれといっていませんでした。それでも、彼らは抵抗し続け、そして、ついには<サイド3>の目前にまで進軍して、ジオンには決して屈しない、という強い意志を示したのです。
 それを「国力の差」とあなたがたが言うのを、私は聞きました。それは一面正しく、一面は間違っています。なぜならあなたがたは、その圧倒的な国力の差を覆す戦略、戦術を生み出したからです。しかし、それでも彼らは屈しなかった。あなたがたの追い求める「スペースノイドによる新世界秩序」に反発したからではありません。そうではなく、ジオンという国の体制、独裁によって奪われかねない「自由」のために、彼らは死力を尽くして戦ったのです。自由を奪われて生き延びる価値はない、それが、暗黙のうちにあった彼らの共通認識でした。

 国土の半分を占領され、あるいはコロニー落としによって荒野とされ、全人口の半数を失った彼らがあなたがたの誇りにしていた軍隊を最終防衛ラインまで追い詰めたとき、それでも降伏を求めず、講和によってジオンの独立を認めたのはなぜか、あなたがたは考えたことがありますか。それは、地球連邦市民にとってはまさに苦渋の選択だったはずです。それでも、ジオンの独立を認めたのは、それがあなたがたにとって、まさに連邦の統治を離れた「自由」を確固たる国の基盤とするための戦いだと捉えていたからです。

 それなのに、なぜ、ダイクンを名乗り、武力をもってすべてを統制しようとする人物に、あなたがたはその自由を明け渡し、こうもやすやすと従ってしまうのでしょう。その強いリーダーシップをもって、彼があなたがたに与えようとしているもの、それは「ジオンの革新」と銘打たれた理想論で、その実現の手段としての戦争です。そうだとして、それはあなたがたを自由にし、あなたがたを幸福にするでしょうか?

 ジオン・ダイクンの娘として、ただ一つ、言っておきたいことがあります。それでも、ダイクンの遺児として立ったあの男を指導者とし、自分たちの意志によってジオンの名の下に戦うことを選ぶなら、それは認めざるを得ないあなたがたの自由です。ただ、父ジオンは、そうした方法を望まなかった。自身の描いた理想を、それぞれの意志によって平和的な手段で実現する道を望んでいたのです。
 あなたがたはジオンの理想を掲げて再び戦火を起こそうとするキャスバル・レム・ダイクンに全権を委ねて従いますか、それとも、その先の道を自ら選んだ手段によって拓いていきますか、その選択が今日のあなたがたに委ねられています。あなたがたの行動が、未来を作るということを忘れないでください。それがダイクンの娘としての、この国への最後の願いです。
 
宇宙世紀0085 8.15 ズム・シティにて 
アルテイシア・ソム・ダイクン 

 翌日、アムロとセイラ、カイの三人はグラナダの宇宙港にいた。救難艇から戦艦アルビオンに移乗してグラナダ基地に入ると、彼らはそこで情報部から取り調べを受けた。ファレル少尉は、アムロの乗ってきたジオンの最新鋭モビルスーツが結局鹵獲できずに終わったことを悔しがっていた。セイラの話によれば、ジオン国内外のダイクン派支援組織は、連邦軍情報部が把握していた以上に大規模な地下組織であることが推察できた。だが、ダイクンの遺児二人を失った今後、この組織は急速に縮小していくものと思われた。
 長かった一日の余韻に浸るように、三人は言葉少なく、出発ロビーのソファに腰掛けていた。ロビーに設置された大型モニターが、ユニヴァーサル・ニュース・ネットワークのニュースを流している。
「これで、良かったのかしら…」小さな声で、セイラがつぶやいた。
「セイラさんの書いた声明文を、おれも読んだ」カイが言った。
「自分のできる、最善のことをやったんだ。あとは、ジオン国民の判断に委ねるしかないさ。それで、もし彼らがキャスバルの打ち出した構想に従って、また地球に戦争を仕掛けてくるなら、おれたちはまた、受けて立つ。それぞれの方法でな! そうだろ?」
 セイラが、うなずいた。アムロは、話を聞いていなかった。正面の大型モニターに見入っている。
「どうした?」カイが言った。
「ズム・シティからの中継だ」アムロが言った。ユニヴァーサル・ニュース・ネットワークのニュースキャスターが、現地レポーターを呼び出している。

…昨夜から、現地の通信制限が解除され、対外向けの放送も解禁されているようです。ジオン国営放送のレポートが入ってきています…

 三人は、そのレポーターが伝える現地の様子と映像に、目を見張った。昨日、あのキャスバル・レム・ダイクンが演説をしたジオン独立公園から総統府に向けて、群衆が列をなして歩いている。彼らはそれぞれに、急場作りのプラカードを掲げていた。

「NO MORE WAR, NO MORE DISASTER」
「OUR CHOICE : FIGHT FOR LIBERTY」
「キャスバルの革命より、アルテイシアの自由を!」

…こちら、ジオン国営放送のレポーター、レニ・フェタール。クーデターにより軍部に制圧されていたズム・シティですが、昨日のキャスバル・ダイクン総統の演説直後に発生した、たった一人による反乱と、デイリー・ジオン・サンライズに掲載されたアルテイシア・ソム・ダイクンによる声明文に触発された市民が、昨夜より集結しはじめ、大規模デモを開始。先ほど総統府に乱入し、拘束されていたダルシア首相をはじめとする主要閣僚を解放した模様です…

「やった、勝ったぞ、セイラ。おれたちは、ジオンの戦争を止めたんだ」
 三人は互いに顔を見合わせると、そのまま崩れるように抱き合った。

 大学寄宿舎の「オタク部屋」の三人は、<サイド3>で撮影されたクーデター後の騒乱の映像を繰り返し見ていた。一人の青年が奪ったモビルスーツが市街地を飛行する様は、先に作った3Dモデルを、さらに精密に、実機に近づけるのにはうってつけの動画であった。
 ヒロ・サイトウが動画のリピートボタンを押した。トム・オブライエンがついに不満の声を上げた。
「一体、その動画を何回見たら気がすむんだ。コックピットに乗り込むところなんか、別にどうだっていいんだ」
 ヒロは、その言葉を無視して言う。
「見ろよ、この男、狙撃兵の銃弾を、間一髪で避けている」
「右の頬をかすったみたいだな」ダビド・ラングが言った。
「この男に、興味があるのか?」
「だってさー」とヒロは二人の顔を見る。
「こいつ、アムロに似てない?」
「えー、そんなばかな」
「あるわけないだろ」
 もう一度、三人はまじまじとモニターに映る男の姿を見た。

 大学の寄宿舎に着いたときには、もう夜半を過ぎていた。アムロは、夜の空に輝く月を見上げた。ボストンに暮らすセイラを、アパートまで送り届けたあとだった。最後のキスの温もりが、まだ唇に残っている。まるで夢のような数日間だった。やっと、自分の中の一年戦争が終わった気がした。

 不夜城のように、寄宿舎には煌々と明かりが灯っている。アムロは静かに、僚友の三人がいるはずの部屋のドアを開けた。三人は、いつもそうしているように薄汚れたソファに腰掛け、肩を並べてモニター画面に見入っている。彼に気づくと一斉に振り向き、そしてポカンと口を開けた。彼の右の頬には、大判の傷テープが貼られていた。
「ただいま…」アムロが言った。
「その頬っぺたの傷、どうしたんだ?」唐突に、ヒロがたずねる。
「ジ、ジ、ジオンの狙撃兵に、やられたんじゃないだろうな?」
 三人が、じっとアムロの顔を見ている。アムロが聞いた。
「見たのか?…ジオンのニュース映像を」
 ヒロが、目の前のモニターを指差した。
「今、ちょうど言ってたとこだったんだ、この男、アムロに似てないかって」
 そこには、赤いジオンのモビルスーツのコックピットハッチから身を乗り出す自分の姿が映っていた。アムロは、ソファに並んだ彼らの前に行くと、腰を低くして頭を振った。
「何から話していいのか、わからないが…、君たちの作ったあのモビルスーツの3Dモデル、あれがあって、助かった」
「あの、赤いモビルスーツに乗っていたのは、おまえだったのか?」
  アムロは小さくうなずいた。
「なあ、アムロ。おまえは一体、何者なんだ? 普通じゃないぜ? 本物のモビルスーツを奪って、操縦してしまうなんて」
「今まで、隠していてごめん」俯いたままで、アムロが言う。
「僕は、あの、あの…、ガンダムのパイロットだったんだ」
「えっ?」
 アムロは顔を上げて、ヒロを見た。
「覚えてるよ、砂丘のあるまちにホワイトベースが降りたときのこと。僕はガンダムで出撃して、敵の小さな前線基地を叩いた…」
「…じゃあアムロ、僕が見たあの白いモビルスーツには、君が?」
 アムロがもう一度、うなずいた。
「やっぱり、じゃあ僕が見たのは、夢でも幻でもなかったんだ、本物の、連邦軍のモビルスーツだったんだ!」
 アムロはまた、うなだれて小さくつぶやく。
「…ごめん」
「なんで謝るんだ? アムロ、あの街にジオン軍が来て、大人たちは防戦して抵抗したけどあっさりやられて、みんな捕虜になってしまった。でも、あの連邦軍のモビルスーツの攻撃で、前線基地から逃げ出すことができたんだ。僕の母さんも、あのときは生きて帰ってきた、あのモビルスーツのおかげでね…」
 ヒロが、声を震わせながら言った。
「いたんだ、連邦軍にも」
 彼は大粒の涙を両目に浮かべ、アムロを両手で抱きしめた。
「いたんだ、僕らの地球にも、英雄がいたんだ…」



エピローグ

 ジュード・ナセルは、どこまでも高く、抜けるような青空を見上げた。この空の向こうに、あの漆黒の闇が広がっているとは信じられないほど、まばゆい陽光が輝いている。それに反して、空気は身を切るように冷たかった。零下という気温を、ナセルは地球上に降りてはじめて体験していた。「真冬のボストンは、とても寒いのよ。暖かいコートを用意してね」とあの人が言ってくれなかったら、彼は場違いな服装で凍えているところだった。

 あのクーデター未遂事件から、どれだけの月日が流れただろうか。彼はあの時出会ったダイクンの遺児の一人、アルテイシアの残した言葉をずっと忘れずにいた。
 一体あなたたちは何者なのか。その問いに、彼女は答えた。
「記者でしょ?いつか取材して」

 ようやく、その時が来た。取材には慣れていたが、いつになく緊張している。話を聞きたい、とその趣旨を電話で伝えると、彼女は快く引き受けスケジュールを調整してくれた。彼女もまた、ジャーナリストとして活動している。一年戦争の開戦時に決行された「コロニー落とし」によって、それまでの日常を奪われた人々の、苦難と再生の道のりを一つひとつ、丹念に取材していた。

「覚えていてくれたのね、私たちのこと」と、連絡を取った電話で彼女は言った。
「もちろんです」とナセルは答えた。
「あのあと、一年戦争当時のことを、改めていろいろと調べました。あなたがいたという部隊のことも。そして、この取材が、私のライフワークになると確信しました」
「彼も、きっと喜ぶと思うわ」
「彼はまだ、あなたの同志なんですか?」
「ええ」彼女は答えた。
「取り組んでいる仕事は違うけど、思いは一つよ、いつも」

 もうすぐ、約束の時間だ。ナセルは彼女が待つ家へ、足を速めた。


〜 Fin〜

※次シリーズにつづきます。お楽しみに!


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