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イスタンブールへ!

 商店街のくじ引きで、なんと、「イスタンブール行きチケット」が当たった。
「おめでとうーございまーすっ! 1等、大当たり~っ!」商店会役員が奥から真鍮のベルをわざわざ取ってきて、頭の上でカラン、カラン、と派手に鳴らす。ちなみにこの役員、いつも行く精肉店のおじさんである。
「商店街のクジなんて、絶対に当たらないと思ったのにっ!」わたしはうれしさのあまり、大変失礼なことをさらっと言ってのけた。
「そりゃあ、ひどいなあ。ちゃーんと、当たり玉は入れてあるんだぜ」苦笑いをするしかない店主。
 わたしは頭を掻きながら粗相を詫びる。チケットの入った封筒と、ひと抱えもある、何やら大きな箱を手渡された。きっと、バッグや現地で着る服などが入っているのだろう。

 帰ってから封筒を開けてみると、「2人まで可」と書かれたチケットが1枚入っていた。
「1人でもいいってことか。ペア・チケットじゃないんだ。でも、3人はダメなんだ……」
 どうしよう。両親を行かせてあげようか。でも、当てたのはこのわたしだしなぁ。
 考えてみれば、海外旅行など、生まれてからまだしたことがない。父も母も、結婚前はグァムだとかハワイなど、何度か出かけたと言っていた。
 1度くらい、国外へ出てみたいものである。今回は自分が行くことにしよう、そう決めた。

 そうなると、あと1人、誰を連れていくかだ。
「何かと頼りになる、志茂田ともるだね、やっぱ」真っ先に思い浮かんだ。
 さっそく、スマホで連絡をしてみると、
「ほお、トルコですか。いいですねえ、トプカプ宮殿、アヤソフィア。あの国は、日本を快く思ってくれているそうですよ」
「じゃあ、一緒に行ってくれる?」わたしは聞いた。
「あいにく、その日は予定がありましてね」あっさりと断られてしまう。
 仕方がない。いつも世話になっている、中谷美枝子にしよう。
「イスタンブール? アフリカの真ん中だっけ?」これだからなあ。
「違うって、ギリシャの隣だってば」わたしは言った。
「あー、アマゾン川が流れてるとこ」わかった、と言うように声を弾ませる。
 こんな方向音痴と知らない町なんか歩いたら、たちまち迷子になってしまう。先行き、不安でたまらなくなった。

「イスタンブールは都市の名前だからね。知ってるとは思うけど」わたしはつけ足した。
「あれっ、そうだった? 小学校の時、独立国だって教わったけどなあ」
 わたしと席が隣だったじゃん。
「もし、都合がつくんなら、2人で行かない?」
「うーん、来月のピアノ発表会に向けて、いま猛練習中なんだよね。また今度誘ってくれない?」
 内心、ほっとしつつ、電話を切る。

「桑田にも声をかけてみよう」わたしは、スマホをタップする。たぶん、パスポートも持ってないだろうけど。
「おう、むぅにぃか。どした?」桑田孝夫は、起きたばかりのような声を出した。
「あのね、商店街のクジで、イスタンブール行きのチケットが当たったんだけど……」
「なんだとっ? おれっ、おれも連れてってくれ。なっ、いいだろ?」スマホから唾が飛んできそうな勢いで言う。
「いいけど、イスタンブールって外国だよ。国内にある、なんとか村とかじゃないんだよ?」
「ばかにすんなっ。トルコだろ? 小学校のとき習ったじゃねえか」不思議だなぁ、成績は中谷の方が、ずっとよかったのに。

 たったの30分で桑田が飛んでやって来た。町内を全速力で駆けてきたに違いない。
「むぅにぃ、き、来たぞ、ハァハァ……」
「何も、今日じゃなくたっていいのに」
「とりあえず、チケットを拝みたくってな」と桑田。そういうところが、まるで子どもだ。
「はいはい。これがチケット。そして、この箱に旅先で使う備品が入ってるみたい。せっかくだから、ここで分けちゃおうっか」
「ああ、開けてみ。何が入ってるか、見てみようぜ」

 箱を開封すると、折り畳まれたビニールが詰まっていた。
「雨合羽かな」トルコって、そんなに雨が多い国なのだろうか。
「説明書が入ってるな。なになに、『これはビニール製プールです』だと」
「なんで、ビニールのプール?」わたしは首を傾げた。
「チケット、もう1回見せてみ」
 わたしは桑田にチケットを渡す。眉がどんどん吊り上がっていく。
「どうしたの?」ちょっぴり怖くなって尋ねた。
「ばか、よく見ろ。『インスタント・プール』ってあるじゃねえか」と怒られる。
「えーっ、そんなぁ」ビニール・プールの説明書にちらっと目をくれると、「同時に大人2名まで入れます」
 そう書いてあった。

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