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ギザ十探し

 桑田孝夫の家に遊びに行く。
 玄関先から呼ぶと、奥の自分の部屋から返事がした。
「おう、上がってこいよ」
 部屋に入ると、桑田はベッド脇に座り込んで小銭を数えているところだった。
「細かいのばかり、ずいぶん貯め込んだね」わたしもその隣に腰をおろす。
 ビニール袋に入っているもの、無造作に積みあげられているもの、ほとんどが十円玉ばかりだったが、数えるだけで丸1日はかかりそうな量だった。もしかしたら、何万円にもなるかもしれない。
「ああ、コンビニとか行くと、つい札で払っちまうからな。財布がパンパンになるもんだから、邪魔でほっぽらかしてるうちに、こんなになっちまった」

「銀行に持っていって預けたら? 向こうで数えてくれるし、貯金にもなるじゃん」わたしは言った。
「うん、そうしようかなとも思ったんだけどな」と桑田。「さっき、ネットで見たら、ギザ十ってオークションなんかだと、わりと高く取り引きされてるらしいんだな。昭和33年のやつなんて、百円になるらしいぞ」
「ギザ十って、『超凄い十円玉』ってこと?」
「ばか、そのギザじゃねえよ。ギザギザのついた十円玉のことだってば。ほら、こういうの」桑田は1枚をわたしに手渡す。硬貨の周囲がギザギザになっている。
「あ、ほんとだ。滑り止めになってるんだ」
「滑り止めかどうかは知らんが、いまの十円玉ってみんなつるつるなんだぜ。知ってたか?」

「うーん、あまり気にしてなかったかも。そういうお金って、価値があるの?」
 桑田はにやっとした。
「そうなんだ、価値があるんだ。普通に使えばただの十円だが、しかるべきところに売れば何倍にもなる。どうだ、魅力的な話じゃねえか?」
「すごいね、それって。うちにもギザ十があるか、ちょっと調べてみるよ」
 わたしが立ちあがろうとすると、肩を押さえつけて言う。
「まずは、ここにある分を調べてからだ。高く売れたら、ファミレスでステーキを奢ってやるからよ」
 そういうわけで、わたしは桑田の手伝いをすることになった。

「これ昭和33年のギザギザだけど、どう?」わたしは見つけたお金を桑田に渡す。
「どれ……って、おまえ。こりゃ100円玉じゃねえか。どうせならつるんつるんの百円玉を見つけてこい。あるもんならなっ」
 そうだった、百円玉はみんなギザ付きなんだっけ。
「ほら、またあった。ギザ十。ああ、だが昭和33年のはねえなあ。やっぱ、そうあくまはないか」桑田がぶつぶつと言い始める。
「飽きっぽいなぁ、桑田は。まだビニール袋に入った分がこんなにたくさんあるじゃん。ようやく一山を数え切ったばかりでしょ」
 いっぽう、わたしは夢中だった。すぐにはまるのがわたしの性格らしい。

「考えたらよ、いくら十円が百円で取り引きされるっていったって、10枚でたかだか千円なんだぜ。2人で1日探したって、何枚あるかもわからねえ。ばからしくなってきたな」
「もうっ、初めに言い出したのは自分じゃん。いつものことだけど、ほんと面倒臭い奴だよ」わたしは呆れた。「聞いたことあるんだけど、お札にも、そういうレアなものがあるらしいよ。通し番号が振ってあるよね? あれがゾロ目だと価値がどーんとあがるらしい。千円札が何万円にもなったって、テレビでやってたよ」
 とたんに、桑田の目が輝き出す。
「おれの財布に、確か千円札が7枚入っていたぞ」そう言って、机の上の財布を取る。
「まあ、まずないと思うけどね、そんなまぐれ」桑田がまた落胆するといけないので、わたしはあらかじめ水を差しておく。

 財布から札を取り出して、1枚ずつ吟味する桑田。
 突然、興奮したように大声を出す。
「あった、あったぞっ!」
「えっ、ほんと?」まさか、と思いながら桑田の差し出す千円札を見て、あっと驚いた。
 ギザギザに縁取りをされた紙幣だった。
「なあ、これって、価値あると思うか? どうだろうなあ?」
 わたしはうーん、と唸って答えに困ってしまう。
「銀行で交換してもらったらいいんじゃない? 少なくとも、普通に使えるようにはなると思うけど」

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