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「陽炎」8 仮面の忍者赤影 二次小説 2621文字

 飛影ひえいは、モヤが晴れるように、殺した若い僧侶を、再度思い出す


逃がしてやれば良かった
奴らを先に行かせ、気絶させ茂みや木々の裏に隠してやればよかった

できない事は、なかったはずだ
できたはずなのに、なぜできなかった
若い僧を妬んだか?
もし、自分が忍びでなかったらと
身支度を整える前に、訪ねてきた若い女との喋りを妬んだか
女の方は、僧に気があるようだった
戒律が己を縛ったのか…


(己にも、そんな事があっただろう)
小さ響くように聞こえる声に、飛影は修練中、また忍びになってから、青空広く青葉の濃ゆい木漏れ日の下で、声をかけられた自分、声をかけた自分、道すがら喋り歩いた自分を思い出す)


死にたくなくて…


(それだけか...)小さい声が響く…
気になるも、飛影は次々と思い出していく


「あれば、便利」と言って、持ってきた
僧侶の眉間を突いた、錫杖を
その後も、その後も何度もその錫杖で突き刺してきた。敵が、前に並べば


僧侶を突いた感触を、祓うように錫杖を使ってきた。錫杖を鳴らし、振り回し
心臓を、喉を、眉間を、身体の一直線上の急所を刺してきた
また、相手の剣幕のある顔に、錫杖の尖った先を鼻先に突き立て、気勢を削がれ怯えた顔を見るは痛快だった


錫杖は、無慈悲でえげつない神仏の武器と分かってる僧侶はいない


僧侶達には、できまい


腕があればこそ、威嚇にも使え
あの時は、笑えて仕方なかった


錫杖は、一撃必殺の武器
無駄な事はせず一撃で仕留めよ、情け容赦などせずに一撃で倒せが、神仏の心


かたなのように、切って切って切って命をとる物ではない


旅路の僧侶達は賊に囲まれても、ただ振り回すだけだ


遊環ゆかん同士で、シャン、シャン、シャンと幾重にも重なる音で相手の気を散らせ、視覚と距離を鈍らせ、集中力を奪い、叩くぐらいしかできまい
錫杖は振り回したり、道中の杖代わりが本質ではない


相手を一撃必殺する為の、闘いの道具だ
己の力を見せろ
瞬時に、急所を突けと
囁く錫杖の力を見せてやろうと思うが、普通
そう、いつも笑いが込み上がってきて仕方なかった
錫杖の前に人が前に現れる度に、笑いが
それに呼応して、飛影の顔は歪んだ笑い顔が浮かんでいた


(それは、歪んだ感情だ)
そう、遠くから小さく聞こえる声を飛影は無視をした


(眼《まなこ》も、突いてきた
口の中に棒を突っ込み頭部を貫通させるのも、咽頭に押し込んでの拷問
経を唱えるだけの僧侶が、存分に力を発揮して使えはしない


悪辣に非道に、残虐に扱うのが錫杖だ
皮肉だな
神仏の道具錫杖は、ただの殺しの道具だ


経を唱えるだけの僧侶が、存分に力を発揮し使えはしない
人を戒め、殺す道具よ



骨が砕かれ伝わる音に感触、愉悦した感触に、身体を突き動かす衝動
払い動かす度に、錫杖を風車ふうしゃのように回す度に、シャン、シャン、シャンと何重にも幾重いくえにも鳴り響く錫杖の音、錫杖の前に人が現れ並ぶのは、この錫杖で捌いてくれと言わんばかりに思えた


だから、あの僧侶の血を吸った錫杖で、神仏を信じている奴らの血を吸ってきた


(僧侶への後悔からか...)
何処からから響くように聞こえる声に、目が大きく開く飛影


神仏を信じている奴らに
神仏を汚すように使ってきた錫杖


(自分に腹を立てていた。若い僧侶を殺した事で、自分に腸が煮えくり返っているのをぶつけたか)
風が舞うように声が聞こえ、飛影は女から一時目を離し、声を追うように空中に、ぐるりと眼を回した


遊環ゆかんを打ち鳴らし、相手の鼻先に錫杖の切っ先に向け、散々脅してきた
錫杖の特性を、存分に使ってきた
鼻先が、一番効果がある


(一撃必殺である事を了解してないと、存分に特性を出せるものではないしな)
飛影は聞こえる声に、かかっていく勢いで、己の内が引き出されるように思った


悪辣に正しく、使ってやってる
神仏の道具は、そんな物だ
ないよりましな錫杖は、扱える者がいてこその道具
教えてやったんだよ、なまぬるい使い方しやがって
女の怖さで動けず押さえられている飛影が、泥を吐き出すように思い、声が出せるなら、大声で怒鳴るように言っていただろう

僧侶を突いた時の感覚は、初めてではないのに
使う度に、僧侶が思い出され消える事はなかった。感触が祓われることはなかった。そして…
今、錫杖を手に持っているわけでもないのに、僧侶を突いた感覚が浮き上がってきて事に恐怖に思うのと同時に、妖妖とした白目の女を不思議な物でも見るように見、飛影は無意識に一歩後退りした


忍としては役に立たぬ、命取りの身体
だが、普通の暮らしならば、この身体はさして問題にならん
もっと早くに、気付くべきだった

若い僧侶には、未来があった
今の自分は、死に場所求めてさまよっているのではないか、傷んだ身体を抱えて
飛影は、この妖妖とした白目の女を見ていると、そう思えてならなかった

錫杖を持ってもいないのに、僧侶を突いた感触が手に現れた事で、飛影は再度自問自答に堕ちていった


自分と比べて、妬んだのか
塀や壁、茂みに影のように静かに、蜘蛛のように木々に潜み伺っていた
女の僧侶を見る目、前に偵察に来た時も見てすぐにわかった
自分は、好きだった女にどんな態度を取った…

恋しい相手に会いにきたのかと
風がそよそよと吹き、陽は暖かく、木枝は葉擦れの音を心地良く立て、張り付いた木に己も木として同化し上から二人を見ていた。俺の十八番だ
天を仰ぎて空を見る事をしない2人
仲良いお喋り
旅路の前に
長の別れではない
行って帰ってくる、半月程だ


僧侶と喋っていた女の顔が思い出せない
どう言う訳か。陽炎を見て思う、この女と似ていたか… 、何故俺は、この女を拐おうと思ったのだ
女から僧侶を奪った自分を思う…

眼帯は、また思考を繰り返していた
ここは、もうニ年も前から自分達の隠れ家...
なのに、この女を見ていると
白く美しい身体は、巨大な白い百足が化けているように思え、
自分達が何年暮らしてきたこの場所が、女の張り巡らした罠にかかり、逃げ出せるのかと思い、首や眼を切られおびだだしい血を流して転がっている仲間が信じられん
紙で、首や眼(まなこ)を切ったのも信じられん女との会話の合間に何度見たか、血もついてない紙に驚きを隠せない
そんな事が人間ができるのか?!
そして、迷いながら思う
赤影達は、この女を何処かに運ぶ予定だったのではと、しくったと冷や汗をかいている気持ちの中、全員裸体の女が白い百足の妖姫に見え始めていた



続く→陽炎9
仮面の忍者赤影 二次小説


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