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殺し屋

朝は苦手だ。太陽がこれでもかと光っている。眩しくてうざい。鳴り響くアラーム音、怒鳴る母の声。うるさい。
布団に大きく被さって丸まっていると、母は声を荒げる。しまいには包丁を持ち出してベットを滅多刺しにされる。端っこの方から少しずつ、少しずつ私に近づいてくる包丁に、私は逃れざる終えなくなり仕方なく学校へ向かう。
学校に行ったところで楽しみもない。
先生の声は耳まで届かない。クラスメイトに話しかけられても基本無視を貫き通している。とにかく人と関わりたくないのだ。罪悪感などない。
ただ、放課後にひとつだけ楽しみがある。
帰りにいつもの公園による。藍星公園。なんて読むのかは、いまだによく分からない。
「こんにちは、ななかちゃん」
「今日も、、ですか?」
「ごめんね、この頃みんなそういう時期なんだよ。はい、これ」
やけにすらっとした指先から写真付きの資料と黒い鞄を受け取った。
「了解です。ありがとうございます」
資料を覗いた。
《氏名 霜谷蒼太
年齢 52歳
職業 会社員》etc…
見た目はそこら辺にいるおじさんって感じだ。少し気が強そうで、私は苦手なタイプだなと思った。
「なーに笑ってんの?なーなーかーちゃん?」
そう言いつつも彼は笑っていた。
「笑ってましたか?すみません。
というか、いい加減名前教えてくれてもいいじゃないですか」
かれこれ彼とは1年半も一緒に仕事をしている。
さすがに教えてくれたって構わないだろう。それに私の名前だけ知っていて不公平だし、呼びかけるときになにかと不便なのだ。
「だめー!ななかちゃん強いんだもん!下手したら僕が殺されちゃうよ!!」
「先輩のほうが強いですよね?」
「まあねー今のところは!で、ななかちゃん今から大丈夫?」
家は帰りたくない。友達もいないから遊ぶ相手もいない。ほぼ毎日暇だ。予定なんぞ病気にならない限りできないだろう。
「はい、いつでも行けます」
「じゃあ、僕トイレで着替えてくるから!」
「わかりました」
そろそろわかっただろうか。私たちは殺し屋なのだ。
放課後、予定がない限りは殺し屋の仕事をしている。
私はもう一度資料に目を通した。
「依頼人は西田さん、上司である霜谷さんからのパワハラに耐えられなくなった…か」
そういう軽いことでも殺しは行われてしまうような世の中なのか。いや、もしかしたら嘘をついているかもしれない。それを知ろうとすれば分かることだろう。でも私たちの仕事は指定された人を殺すこと。理由はなんだって構わないのだ。
「おまたせー!それじゃあ行こっか!」
先輩はいつも明るく元気で、まさに陽キャという感じだった。それなのに殺し屋として大活躍をしている。人は見かけによらない。先輩にぴったりな言葉だ。
「先輩、なんでこの仕事に就いたんですか?」
「なんで?」
いかにも不思議そうな顔をしていた。
「だって、先輩には似合わないですよ。あ、いや、先輩は優秀な殺し屋ですけど、なんとなくイメージとあってないような気がして、、」
おそるおそる話した。
すると先輩は顔色を変えた。
「僕はね、ほんとうは、、いや、なんでもないよ!!
この仕事でいいんだ!!っていうか早くしないとターゲットがどっか行っちゃう!!」
聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろうか。申し訳ない気持ちになった。
「気にしなくていいんだよ。いつか話してあげるから」
先輩は寂しそうに微笑んだ。もしかしたら名前を明かさないことと関係があるのかもしれない。
そうこうしているうちに目的の場所まで着いた。ターゲットは新品のような漆黒のスーツを着てギラギラの腕時計を眺めている。誰かを待っているのだろうか。
「行くぞ」
先輩はグータッチを求めた。私はそれに応える。これは殺しをする前にいつもやるルーティーンのようなものだ。
先輩はターゲットのほうに向かう。
「こんちはー!すみません道に迷っちゃって、教えてくれません?」
いつもの犬のような愛想の良さで話しかける。そのせいか若干馴れ馴れしくても許してしまう。
「あ、ああ。どこに行きたいのかい?」
戸惑いながらも答えたターゲットは次の瞬間、先輩に手を掴まれ、拘束されていた。先輩は私にアイコンタクトを送ると私はナイフを持ち、ターゲットのほうへ向かう。心臓に向かって深く刺した。毒々しい血が流れた。
血が垂れ流れる前にタオルで拭いて運ぶ。
「重た、」
「いい加減慣れろ」
先輩にそう促されるが、私はこの死体を運ぶ仕事だけは苦手だ。どうしても汚いと思ってしまう。それに成人の体は普通に重い。まあ、子供の殺しを願う奴なんてそうそういないのだが。
死体を運び終わると、仕事は終わり、、というわけにもいかずまだ殺しの仕事はある。
「先輩、あと何人ですか?」
「あと1人、、でもこいつは結構厄介かもね」
先輩はそう言うと同時に資料を渡した。
「相崎紗奈。あいつは暴力団を率いる女だ。前にも依頼が来ていたがパスしてたはずなんだけど、」
先輩は考えるそぶりをみせた。
資料を覗くとさすがの私も驚いた。
「先輩、依頼者不明ですがとんでもない金額ですよこれ!!」
先輩も資料を覗く。
「は?ひゃ、ひゃくまんえん?」
「そうですよ!!」
「こいつ舐めてんの?100万じゃ足りないだろ!!」
「え?」
私は驚きのあまり言葉を失った。100万が少ない?むしろ十分すぎる金額だ。
「ななかちゃん、わかってないようだね。相崎は本当に強いんだ」
「そうなんですか、?」
「僕の前職はあいつが今率いている暴力団だよ」
「…え?!」


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