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そしてぼくは途方に暮れる

随分昔のことでどこの駅だったか忘れてしまったけど、東京郊外のJRの駅での話。
夕方のラッシュアワーにはまだ早く、人影もまばらな駅の構内。階段を下りてホームに立つと、前方30メートルぐらいのところにスマホをいじる女子高生が立っている。黄色い線のすぐ内側ぐらいに立っている彼女は画面に釘付けで全く周りを見ていない。
「そろそろ電車が来るけど、まあ、まだ先っちゃあ、先の話だよね」ぐらいの余裕のあるアナウンスがかかっている時だった。ぼくの目にショッキングな光景が飛び込んで来たのは。

なんと、女子高生の数歩後ろにちょうど一人分のもんじゃ焼きが広がっているではないか。しかも、彼女の半径数メートルだけ全く人気がないのを見ると、ぼくより先にホームにいる乗客たちの中にはその光景が目に入っている人もいるはずなのに、「今そこにある危機」について誰も彼女に指摘する気配がない。

その時、陽の傾きかけた薄暗いホームでぼくの細めた目だけが鋭く光った…はずだ。
(ははーん、これだな。これがいわゆる“都会の無関心”ってヤツなんだな。)
暴漢に襲われても「助けて!」ではなく、「火事だ!」と叫ばないと誰も家から出て来てくれないと言われる東京砂漠が、今、眼前にあるのだった。
正体見たり!これを放っておくものか。心の奥の方で綿埃に包まれていた正義感がむくむくと置き上がるのを感じた。思い出して来た、思い出して来た、この感じ。

ここからはスローモーションで展開しているイメージでお願いします。

アナウンス「そろそろ電車来るから心の準備してて。ほんとに間近になったらまた言うけど」ぐらいの緊迫感。

女子高生:ケータイ見ながら一歩後ずさる。あと三歩ぐらいでアウトの位置。

ぼく:間合いを詰めながら声をかけたものかどうか思案中。

アナウンス:「そろそろほんとに来るよ。危ないから黄色い線の内側に下がって…」

女子高生:“下がって”に反応してほんとに一歩下がる。あと二歩でアウト。↓
ぼく:「危ないよ」と言うが、生来のシャイさが災いして大きい声を出せず、女子高生に聞こえていない様子。

電車:ホームに入ってくる。ホーム先端でフラッシュ撮影した鉄っちゃんに思いっきり警笛が鳴らされる!

女子高生:音にビビってもう一歩下がる!あと一歩でアウト。

ぼく:「ストーップ!! 危ない!!」と大声で叫んだ。

女子高生:初めて顔を上げ、真横のぼくと目を合わせてもう一歩下がる
(゚∇゚ ;)エッ!?

ぼく:目を閉じて天を仰ぐ。

女子高生:足元の違和感に気づいて下を見る。顔を上げて恨めしそうにぼくを見る。

ぼく:「どうして信じてくれなかったんだ!!」
驚いたことに彼女は汚れた靴底を非もんじゃ地帯に擦り付けると、何事もなかったかのように電車に跳び乗って去っていった。よくすぐ乗れるもんだ…臭くない?ま、いっか。ね…

その電車に乗るはずだったぼくは衝撃の結末に当てられて乗りそびれてしまった。誰もいないホームにただ一人取り残されて、目の前にはもんじゃ…
ここで大沢誉志幸の「そして僕は途方にくれる」が脳内に流れ出した。

♪君の選んだことだから
きっと大丈夫さ
君が心に決めたことだから
そして、ぼくは途方にくれる♪

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