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【16日目】モトは『素粒子』だ!!(ニンゲンのトリセツ・改)

◆「素粒子」って……何??

 とんでもない発表をしてしまいましたね。僕は世界中のあらゆる量子力学者を敵に回すような内容、すなわち

・モトは『素粒子』(そりゅうし)である

と書いたんです。現在本気で素粒子を研究している方々には「貴様ごとき素人が何をほざくか」と、漫画に出てくるグルメ王みたいなことを言われてしまいそうです。

 ですが僕は『モトの話』の全てに「確信」を持っています。もちろんこの『モトは素粒子である』という説にも大いに自信を持っています。ですから当然それを裏付けるための「なぜモトが素粒子だと言えるのか」という「理論」もあります……が、それは大変難しく、かつ独自性の強いものでもあるんです(時間と空間の構造や成り立ちとモトとの関係、という話になります)。ですから、みなさんにその「理論」を披露するのは五冊目の『エキスパート編』で、ということにしたいと思っています。今その話をこの『入門編』で書いてもきっと“ちんぷんかんぷん”なはずだし、その知識が僕たちの「生活」の役に立つかというと、まだ“その時ではない”と考えるからです。

 その代わり「素粒子」っていうのは何か? という根本的な話をしようと思います。みなさんは「素粒子」というものをご存じでしょうか?


◆水をどんどん「細かく」してみよう

 「素粒子」とは何か? という話をするために、蛇足ながらちょっと高校で習う化学の話をしますね。
 まず、僕たちの身近にある「物質」というものは、みんな「粒子」(小さなツブツブ)の集まりです。具体的には

  • 分子(ぶんし)

というものが集まってできています。

 たとえば、みなさんが毎日飲んでいる「水」という物質は、サラサラした液体なのでなんか感覚的にヘンな気もしますが、あれも元は「水分子」(みずぶんし)というツブツブした粒子がたくさん集まっている物質です。水は細かく量で分けることができますが(1カップを1/2カップに、など)、どこまで細かくできるかというと……最終的には目に見えない小ささの「水分子1個分」まで細かくすることができます。これが「水」という物質の最小単位です。

 この「水分子」というのは化学の世界では「H2O」と表記します。これはどういうことかというと、Hが2個とOが1個くっついたもの、という意味です。このHやOは何か? というと、これらは

  • 原子(げんし)

と呼ばれる、分子よりもっと細かい粒子を指します。具体的には、Hは水素原子、Oは酸素原子という名前の原子です。これらが先ほどの個数集まると、くっついて「水という物質」になるんです。
 このくっついているHとOを無理やり引き離すとどうなるか……なんと、そこにさっきまであった「水」という物質は、消えてなくなってしまいます。化学式というのですが、こういうふうに変わるんです。
2H2O → 2H2 + O2
これは電気分解という特殊な方法を使うと、2個の「水分子」を、2個の「水素分子(H2)」と1個の「酸素分子(O2)」に分解できる、ということを表した式です。そうするとその場にあった「水」は消えて、そこに「水素」「酸素」二種類の気体ができる、ということなんです。

 こんなふうに、一つの分子を無理やりバラバラにすると、もう「元の物質」とは違う物質になってしまうんです。だから物質の最小単位は「分子」なんですね。
 その「分子の材料」に当たるものが先ほど紹介した「原子」なんです。つまり原子を特定の形に集めると、いろいろな物質を作ることができるというわけです。

 で、分子に「原子」という材料があるのだったら、原子にも何らかの材料があるのではないか? と思うところですよね……もちろんあります。原子は

  • 電子(でんし)

  • 陽子(ようし)

  • 中性子(ちゅうせいし)

という、更に小さなツブツブ(粒子)でできていることが分かっています。原子にも「水素原子」「酸素原子」「プルトニウム原子」などいろいろな種類があるのですが、それらはすべてこの三つ「電子・陽子・中性子」が「いくつ」くっついているか? で種類が分かれます。つまり、すべての「原子」が共通の「三つの材料」でできていることになります。

 ではこの三つが一番細かい材料なのか? というと……近年の研究で「もっと細かい材料」が見つかっています。この研究分野は「量子力学」(りょうしりきがく)と呼ばれていて、その研究施設では僕らが触ったり見たりできる「物質」の一番細かい材料はどんなものか? を、たくさんの学者が特殊な機械を使って日夜研究しています。その研究成果として、今「最も細かい粒子」とされる17種類のツブツブ(クオークやボゾンなど)が見つかっています。

 こうやってどんどん小さくしていった「最も細かい粒子」のことを

『素粒子』(そりゅうし)

といいます。要するに、僕たちのカラダを含む、見たり触ったりできるものの「一番細かい材料」のことを「素粒子」と呼ぶわけです。

(補足ですが……素粒子レベルまで物質を分解していくと、なんと「質量を持てない」という状態になってしまうそうです。これは各素粒子が特定の粒子(ヒッグス粒子と名付けられました)と結合することで初めて「質量」というものが生まれるから、なのだそうです。不思議ですね……)


◆ココロの材料・カラダの材料『モト』

 で、です。この世界的な一大研究分野である「量子力学」の研究者でもなんでもない、チビデブメガネのハゲかけた無職のおっさんが、世界のどこでもない小さな自分の部屋でたった一人で

  • モトこそが『素粒子』である

とかほざいとるわけです。そりゃ学者さんからすりゃ噴飯ものでしょうし、読者のみなさんも首をかしげていらっしゃるところでしょう。
 でもまあ、こ汚い老人のたわ言だと思って聞いていただきたいのですが……こんなふうに「モトが素粒子である」と考えると、分かることがたくさんあるんです。それこそ、お隣さんの気持ちから宇宙の成り立ちまで、いろいろなことが分かってしまうんです。ですから、いずれ「種明かし」をきちんとしますので(第五巻)、それまでは「珍説」を読むつもりでお付き合いください。

 ……話を戻しましょう。前回の最後に書いたとおり、本当に「モトが素粒子だ」とするなら、次のことが言えます。

  • ココロはモトという粒子の集まりである

  • カラダはモトという粒子の集まりである

ゆえに

  • ココロとカラダは同じ材料からできている

 これが実は『モト』という粒子の性質の究極奥義です。僕たちのカラダと、そして目に見えないココロというものは、同じ材料「モト」がたくさん集まってできているのだ、というがこの『モトの話』から見た

『ニンゲンの本当の姿』

だということになります。
 【9日目】で書いたとおり、ココロというものの「形」は、肉体の外側にはみ出している「モトの煙」のようなものだと考えられるのですが、どうしてそう考えられるのかというと……僕たちの肉体、つまり「カラダ」の部分というのは「材料であるモト」が

  • 素粒子(モト)→(??)→クオークやボソンなど→電子・陽子・中性子→原子→分子→物質(肉体)

という具合に
「物質化できるほどぎゅうぎゅうに集まっている濃い場所」
でして、そして「僕たち自身」の中心部分から離れれば離れるほど、「材料モト」が薄くなっていって、物質になりきれなかった一番外側のモトが「ココロ」のいち部分としてはみ出ている、という構造になっているからなんです。

 結論として、僕たちのカラダもココロも、元をたぐればこの素粒子「モト」を材料にしてできている、ということになります。
 もちろん、僕たちのカラダだけでなく、僕たちが触ることのできる「物質」というものすべてが分子や原子の集まりであると考えると……なんとあらゆる物質が「モト」という材料でできていることになります。
 そう、世界の全ては「モト」でできているんです。

※補足※
 残念ながら、現代の量子力学で「モト」にあたる素粒子を特定するには、まだ至っていません。筆者の考えでは「モト」は小さすぎて、現在の機器では「測定することができないサイズ」なのではないかと考えています。現在「素粒子」とされている17種の粒子は残念ながら「ココロの材料」としては観測されていないので、これら17種類の粒子より「さらに細かい粒子」がモトではないか、と筆者は予測しています。
(もしくは、モトという性質を持つ素粒子が複数種存在する可能性もあります。が、『モトの話』では便宜上、単一の性質を持つ素粒子として『モト』の性質を考察しています)


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「ニンゲンのトリセツ」著者、リリジャス・クリエイター。京都でちまちま生きているぶよんぶよんのオジサンです。新作の原稿を転載中、長編小説連載中。みんなの投げ銭まってるぜ!(笑)