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0036:愛と嫌悪について

前回(0035)に引き続き、愛とは何か、という話をしましょう。


モトと愛と幸福

愛とは、モトの量だ、と書きましたね。わしらのアタマが「モトがいっぱいある!」と感じると、わしらは愛を感じるのだと。

なので、愛というものは「感情」の一種であると同時に「モトそのもの」を指すものであるとも言えます。わしらは、いつでも愛に飢えていますが(笑)、結局、わしらが本当に欲しいものは、モトなのですね
(^~^ )

人生が辛いとき、わしらにはモトが足りていません。人生が辛いのは、幸せを感じづらいからだと前に書いたけど(0008)、幸せを感じづらいのは、モトが足りないからです(0030)。

これらのことから考えると、愛はモト、モトは幸せのもと、と言えます。つまり

モト=愛=幸せ

という等式が成り立ちます。

気をつけなければならないことは、このときのモトの量は、人によって違うということです。いっぱい持っているはずなのに、アタマの働きのおかげで、少ないと感じていたり、逆にあまりない状態でも、アタマが上手に動いているので、少なさを感じなかったりすることもあります。

結局、3つのパーツの調和が大切0008)ということに、尽きるのかもしれませんね。


嫌いなものを嫌う、という愛

さて、前に「嫌いなものをちゃんと嫌ってあげるのも愛だ」と書いたのを、汝らは覚えていますか?(0025)。この、一見矛盾するようなことにも、ちゃんと理由があります。

愛というのは、前述のとおり、モトです。人が何かを愛するとき、その人はモトでいっぱいになります。いっぱいになったら、今度は幸せを感じ、幸せを感じているので、ココロがモトを生産し始めます(0030)。

「嫌いなものを嫌う」というのは、まず自分への愛情です。自分を愛している時に起こることなので、自分からのモトの流出が減ります

ただし、「嫌う」という感情に任せて相手を攻撃したり、相手の攻撃を心配したりすると、その時は相手に注目しているので、モトが減ってしまいます。ご注意下さい。

なので、大事なのは「ただ嫌う」ということですかね。嫌いなものは、できるだけ避ける。減ったモトは他のところで回収するか、自分で生み出すかする。こうすることで、自分のモトが、嫌いな対象に吸われてしまうのを、まずは防げます。

しかしまぁ、人間の活動は非常に複雑なので、「汝が嫌いと思っている対象」が、大好きな人もいます。そういう人は、それでモトを集めているので、それはそれでそっとしておいてあげたらいいのかな、と思います。

相手が間違っている!という発想は、一番自分のモトを減らします。減らしてでもやらなければならないとき以外は、嫌いなものとはちょっと距離をおいたほうがいいのかもしれません。


愛は時空を超えるのか

結局、他人を変える一番のクスリは、「自分が幸せそうな姿を見せる」ことなのかもしれない、と最近わしは思っています。

自分が全然知らないジャンルの話だけど、愛好家がその魅力を熱く語るのを見て、一緒に興奮してくることってありませんか? ほら、アメトーク(TV番組)の〇〇が好き芸人、みたいな感じです。
(^~^ )

ああいうときは、何かを愛することで幸せな人が、どんどんモトを生み出して、周りにバラまいているんです。だから、その様子を注目している相手もどんどんモトに触れて、一緒にモトを生み出していく形になるんですね。その空間のモトの量が、増えていくんです。

え!? アメトークってテレビでしょ!? と思った汝ら! 鋭いですね!(笑)
(^~^ )

モトはね、幸せを感じている人の周りで増えます。そして、モトをバラまいている人を見ると、見ている方も興奮してきて、やっぱりモトを増やします。なので、見ている対象がテレビかどうか、今この場にいるかどうかは、関係ないのです。

ミラーニューロンっていうものが、人間の脳にはあるらしいですね。これは、共感力といわれるものを司っているそうで、要は見たり聞いたりした情報を、自分の体験に置き換えて考える力に関係していると言われます。

人間はこの部分が発達しているらしいので、その場で起こっている事件だけではなく、過去の資料やテレビ・映画など、また、架空の歌の歌詞やマンガ・小説なんかでも、感動したり共感したりできるのですね。

なのでわしらは、メディアで相手の様子を知ることだけで、自分のモトを増やしたり減らしたりするんです。何も、テレビ画面の向こうから、時空を超えてモトが飛んでくるわけじゃないんですよ(笑)。
(^~^; )

この作用を考えると、やっぱり人に「幸せそうな自分」を見せることは、お互いのモトを増やすために大事なのかなぁと思ったりしています。

おっと、長くなってきたので、この話の続きは次回にしましょう。

では最後に。わしの話は、まず疑ってみること。

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これは、拙ブログ『人生はなぜ辛いのか、と思った時に読むブログ』からの転載です。イラストや強調で分かりやすい、本家サイトはこちら。
https://jinseihanazeturainoka.blogspot.com/
このブログの文章を初めてお読みの方は、ぜひ第1回からお読みください。
https://jinseihanazeturainoka.blogspot.com/2018/09/0001.html
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「ニンゲンのトリセツ」著者、リリジャス・クリエイター。京都でちまちま生きているぶよんぶよんのオジサンです。新作の原稿を転載中、長編小説連載中。みんなの投げ銭まってるぜ!(笑)