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世界で一番かわいい

 育児書には、生後1ヶ月くらいになったら散歩をはじめましょう、とある。新米の母である私は、とりあえずその通り、午前中の母乳と母乳の間に散歩することにした。
 しかし、こんなに小さな赤ちゃんを外に連れ出すのは、近所の公園までとはいえ、いつも少し不安があった。私が赤ちゃんの頃には、こんな風に毎日散歩とかしなかったと思うのに。毎日5~6回の授乳や寝かしつけでフラフラなのに、そのうえ散歩なんて。

 晩秋の頃、いつものように赤ちゃんをベビーカーに乗せて戸越公園に向かっていると、隣を通り過ぎようとしたご婦人が赤ちゃんを見て
「あらっ!」
と声をあげ、少し前を歩いていた連れのご婦人に小走りで追い付き、
「ねぇ、ちょっと、ちょっと!」
と袖を引っ張ってこちらに戻ってきた。
「見て見て、かわいいね~!」
「まぁ~小さい、何ヶ月?」
「2ヶ月です」
「2ヶ月!本当にかわいい」
「かわいいね~目がこんなにぱっちりして」
と、ひとしきりかわいいを繰り返し、
「うちの子も、生まれた頃は世界で一番かわいいと思ったものだけどね」
「誰でもみんな、最初は自分の子が一番かわいいと思うものよ」
と話しながら、おふたりは去っていった。

 そうだ、私は、世界で一番かわいい子を連れているんだ。ふっと気持ちが軽くなった。
 まだ、すりガラス越しのようにしか世界が見えなくても、赤ちゃんはぱっちりと目を開けて世界を見ていた。

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