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子どもの鹿がそこにいるから

夜の釜石線、止まってしまった

「列車の前、線路の上に鹿がいて、停車しております」

夜中の釜石線。
車掌からのアナウンス。

釜石あたりでは鹿はどこにでもでてくるし、
なんなら街のど真ん中にあるイオンの前の広場にも、
草を食べにやってくる。

JR釜石線は山の中を走っていくので、
鹿を跳ね飛ばすこともときどきある。
でももしそれがあった場合は出会い頭というか、
急に飛び出してきての鹿との事故であって、
避けられないものだった、とわたしは理解しようとしている。

運転手は、鹿ポイントでは最大限の注意を払っている。
鹿を見つけたら、警笛を鳴らしている。
フィーフィー鳴らして、鹿を退散させている。
だから衝突するのはときどき、なはずだ。

今回は、まだ衝突していない。

不器用に歩く鹿のナゾ

しばらくすると、またアナウンスがされた。
「列車の前、橋の上に鹿がいて、停車しております」

鹿が線路にいる、から、鹿が橋の上にいる、にアナウンスが変わった。

目を凝らして窓から外を見ると、なるほど橋の上で停車している。
先頭車両にいって、もう一回目を凝らして運転席の横の窓から見ると、
目の前には一匹の子どもの鹿が、うずくまってこっちを見てる。

子どもの鹿は、警笛を鳴らしても動かない。

運転手が固形物を調達してきて鹿をめがけて空間移動させた。
(詳しく書くと、運転手に不都合が起こるかもしれないので……)

固形物が当たったのかどうかわからなかったが、
子鹿はハッと立ち上がって、2、3歩不器用に動いて、
また座り込んだ。

もしかして足が折れてる?
イヤな予感がしたが、そうではなかった。

運転手がもう一回、固形物を空間移動させた。
今度はたぶん、当たったのかな?
それまでは光をあてても音をあてても動じなかったが、
今回はハッとしただけじゃなくて、不器用なまま走り出した。
不器用なままなのは、橋の上だからかもしれない。
線路の枕木と枕木の間で、足を取られているから。

不器用なまましばらく走っていると、
やがてキレイな走行フォームに変わった。
橋を抜けたようだ。

そして……

列車も動き出した。
動き出して、徐々にスピードを上げている。

鹿はよせばいいのに、線路の上をずっと走っている。
列車がその子鹿を追っかけるようなテイで走っている。

子鹿はしばらくして脇へそれて、山の中に駆け込んでいった。

列車はしばらくして、釜石駅に到着した。