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時事無斎ブックレビュー(12) 私的マンガ・アニメ時評2023

 見返してみると、前回のブックレビューからいつの間にか1年が経ってしまったようです。むろんその間何も読んでいなかったわけではなく、いろいろと紹介したい本もあるのですが、今回は前回に続き、2023年に出会った漫画・アニメの中からお奨め(そして関連作品)をピックアップしたいと思います。

※前回はこちら

時事無斎ブックレビュー(11) 私的マンガ時評2021~2022|MURA Tadasi (村 正) (note.com)

1.『オッドタクシー』

(木下麦監督、ポニーキャニオン)

※ブルーレイ通常版

 個人的に2023年に観たアニメの中で文句なしに一番面白かった作品です。
 天涯孤独で人間嫌いでもある個人タクシー運転手の主人公・セイウチ(の姿で描かれる。以下同)の小戸川おどかわは、自身のタクシーに乗る客たちとの会話、そして数少ない友人たちとの交流で、辛うじて世間とのつながりを保っていた。彼が通う病院の院長であるゴリラの剛力とそこで働くアルパカの看護婦・白川、小戸川の高校時代の同級生・シロテナガザルの柿花、なぜか小戸川を目の敵にするミーアキャットの警察官・大門兄弟、指名手配犯のゲラダヒヒ・ドブ、そして小戸川のタクシーを利用する様々な乗客たち。そうした日々の中で、無関係と思われた出来事が次第につながり、ある大きな事件の全貌が明らかになっていく……。
 登場人物が全て擬人化された動物の姿のため、内容もメルヘンチックなほのぼのとしたものかと思いきや、けっこうシリアスかつバイオレントなストーリーでした。ジャンルとしてはサスペンスミステリーということになるのでしょう。
 作品の構成はかなり特殊で、本編のほか、本編放映時に平行してネット配信されていた音声ドラマ(DVD版には本編と併せて収録)、そして後述の劇場版の3つが揃って初めて物語の全貌が明らかになるという形を取っています。ストーリー・演出共に伏線が縦横無尽に張り巡らされており(注1)、1回観ただけでは把握しきれない可能性が高いため、下記の劇場版と合わせて何度か観直した方が内容を理解できるでしょうし、また、そうした繰り返しの鑑賞にも堪えるだけの作品でもあります。

注1:登場人物がなぜ全員動物の姿なのか(そして小戸川が持つ特殊な力の背景)についても、大詰めで隠された真相が明かされます。ここでは、単なる擬人化アニメではなくちゃんと理由がある、ということだけ述べておきます。

※オッドタクシー イン・ザ・ウッズ

(木下麦監督、ポニーキャニオン、2022年)

※DVD通常版

 劇場版。私自身はこちらを先に観てしまったのですが、内容が本編の内容を登場人物たちの証言で追うダイジェストと、それに加えて本編の結末を引き継ぐアフターストーリーという形になっていて、これだけでは何が何やら分からず、改めて本編を観てようやくストーリーを理解することができました。先に本編を観ておくことが必須かと思います。

2.江口夏実『出禁のモグラ』

(講談社モーニングKC、既刊6巻)

※1~6巻セット

 『鬼灯ほおずきの冷徹』の作者による新作。地獄が舞台だった前作に対し、本作は現代の現世が舞台となっています。
 大学生の真木まぎ栗秋くりあきと桐原八重子は、ある日、ゼミの飲み会の帰り道に頭から血を流して倒れている男と出くわしてしまう。なぜか逃げる彼を追って不思議な裏通りの謎めいた銭湯へとたどり着いた二人に、男はモグラと名乗り「自分はあの世から出禁を食らっているので死なない」「今後何かどうにもならない困ったことがあったらおいで」と言う。信じない真木と八重子だったが、モグラの言葉の通り、そのあと二人はそれまで見えなかった不思議なものが見えてしまうようになり――?
 『鬼灯の冷徹』が地獄を舞台としながらも基本的に呑気でコミカルなのほほんとした内容だったのに対し、本作は現世を舞台に、前作より影のあるホラーコメディ風の作りとなっています(注2)。主人公カップルがありがちな美男美女ではないあたりも味があって好印象でした。話はまだ序盤のようですが、今後も注目していきたい作品です。

注2:ルッキズムや因習に囚われたムラ社会など、けっこう重いテーマを扱ったエピソードもあります。

※江口夏実『鬼灯の冷徹』

(講談社モーニングKC、全31巻)

 同じ作者の前作。世界観が『出禁のモグラ』と連続しているようにも思えるので、あるいは将来、どこかでゲストとしてこの作品のキャラが登場してくるかもしれません。

3.画・甲斐谷忍、原案・夏原武『カモのネギには毒がある』

(集英社ヤングジャンプコミックスGJ、既刊6巻、7巻近刊)

※1~7巻セット

 実家の旅館が悪質なファンドに貯蓄を巻き上げられ、大学を辞めねばならない危機に追い込まれていた大学生・名取なとり三咲みさきは、大学の教授である天才かつ変人の経済学者・加茂洋平に助けられたことをきっかけに、彼のもとで学ぶことになる。新自由主義政策による拝金主義と格差拡大の中、権力やコネクションや情報を握る強者が弱者を「カモ」にして徹底的にむしり取る「カモリズム」が一般的なビジネスモデルにまでなってしまった現代の日本社会に対し、「毒のネギを背負ったカモ」となって詐欺師たちへの戦いを(嬉々として)挑む加茂。彼に振り回されながらその手伝いをさせられる三咲の、そして日本の未来は――?
 経済の背後にある「人は何を判断基準に、どのように行動するか」の心理学についての詳しい解説などもあり、個人的にはそちらも大変参考になりました。本作をしっかり読み込んでおけば、(「障碍者とマイノリティと高齢者と生活保護受給者と在日外国人が俺たちの税金を食い潰している!」のようなネトウヨ的被害妄想ではなく)政府や自治体が行うイベントや「振興策」に寄生して税金を食い物にする代理店やコンサルタントの宣伝、言葉巧みにカモから金を巻き上げる詐欺商法・投資サークル、実態に見合わない商品やサービスを不当に高い価格で売りつけてくる悪質業者などにも、いくらか騙されにくくなるはずです。

※画・大谷アキラ、原案・夏原武『正直不動産』

(小学館ビッグコミックス、既刊19巻)

※1~19巻セット

 顧客を甘い言葉で騙して物件を買わせることでセールスのトップに君臨し続けていた不動産会社の営業マン・永瀬ながせ財地さいちは、ある土地に建っていた祠を壊したところ、突然、一切の嘘がつけない体質になってしまう。絶望しながらも、嘘をつかずに全ての情報をオープンにする正直営業に方針を切り替え、顧客もライバルも一筋縄では行かず不正や嘘も溢れる不動産業界の中で必死の生き残りを試みる永瀬に明日はあるのか――?
 実写ドラマ化もされたのでご存じの方も多いでしょう。『カモのネギには毒がある』と似たコンセプトの作品ということで思い当たり、紹介しようと調べたところ、よく見ると原案者が同じ方でした。道理で似ているわけです。

4.木下いたる『ディノサン』

(新潮社BUNCH COMICS、既刊5巻)

※1~5巻セット

 遺伝子操作により恐竜をよみがえらせることに成功し、各地に「恐竜園」が開かれた世界。だが、過去の恐竜ブームはすでに去り、乱立した恐竜園も淘汰の時代に入って存続に四苦八苦する状態となっていた。経営難の恐竜園「江ノ島ディノランド」に飼育員として入社した主人公・須磨すずめは、親会社からの圧力や周囲との軋轢に悩みながらも恐竜たちの世話に奔走を続ける。餌の確保や病気の手当、角が折れたことで人気を失い売り飛ばされたトリケラトプスに再び脚光を浴びさせるためのアイディア、逃げたペットのヴェロキラプトル(注)を捕獲してほしいという依頼――。
 本作の特徴は、恐竜を、映画『ジュラシック・パーク』で描かれたような危険で恐ろしげな存在ではなく、あくまで象やライオンやカバなどと同じ扱いの「ごく普通の生物」として描いていることです。登場する恐竜たちの描写も専門の研究者の監修による最新の情報をもとに生理・生態をきちんと再現したものとなっています。ジャンルとしては、恐竜ものというより『動物のお医者さん』のような動物もの漫画に分類される作品でしょうか。

注:『ジュラシック・パーク』で大型の近縁種・デイノニクスのシノニム(同物異名。なお、現在ではこの説は否定されているようです)として描かれたヴェロキラプトルではなく、本来の、ずっと小型で羽毛に覆われた別種として描かれています。

※佐々木倫子『動物のお医者さん』

(白泉社花とゆめコミックス、全12巻、ほか)

※ビッグコミックス版1巻

※白泉社愛蔵版セット

 この作品のおかげでモデルとなった北海道大学(以下・北大)獣医学部の受験者数と偏差値が跳ね上がるという社会現象まで起きた、動物もの漫画の定番。なお、この作品を読んで北大に興味を持たれた受験生の方がおられましたら、ぜひ受験をご検討下さい(特に理系で現場・フィールド系の研究者を目指している方には非常に恵まれた環境だと思います)。新年度を前に、OB(学部は違いますが)から優秀な後輩候補生の皆さんへのお誘いです。

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