「自信」と「自己投資」の関係性

おとといくらいからの意識の変化(生まれ変わり)に伴い、自分への自己認識が大きく変わり、自分にお金と時間をかけることへの罪悪感がなくなってきました。今までは、自分に投資することは絶対に無駄にはならないし後々返ってくると頭ではわかっていても、親に●●の講座のお金を…とか言って要求するのに罪悪感を感じる部分はあったんですね。それが今は、罪悪感なく本当に必要だから自分に投資しているのだ!と思えるようになってきました。

当たり前のことですが、手に職をつけるような仕事、士業でもそうですが、何にしても先行投資が必要です。能力、技術、知識を高めるのには時間とお金がどうしてもかかる。いわゆる一般的な高給な仕事に就くためには、しっかり勉強することにお金と時間を費やさなければなりません。医者、司法試験などの難関資格系は資格を取るまでにお金と時間がかかり、そうしてようやく稼いで回収できるということになります(例外もあるかもですが)。それ以外の手に職系の仕事でも同じように時間とお金、特に時間ですかね、これは絶対にかかります。お金がなくてもできることはたくさんありますが、お金をかけた方がかかる時間が短くなるケースはたくさんあると思いますね。

日本の場合は、一回就職してしまうとそのまま働くというのが前提としてあり、だからこそ無職の人は肩身が狭い思いをしたり、定職についていないというだけで罪悪感を感じがちになります。「無職期間」を認めない風潮の洗脳にも書きましたが、今の仕事は違う、やりたいことと違う、と気づいていても踏み出せない人が多いとしたら、その無職期間や準備期間への恐れというのが大きいのではないでしょうか。一回就職したら基本はその就職先に定年までいるものだ、という前提はもう過去のものです。従業員を人とも思っていないような企業、組織はたくさんあります。自分が楽しく満たされていれば良いですが、嫌々そんなところで一生を終えるなんて、本当にもったいないことだと思います。

自分に自信があって自己価値感が高い状態であれば、惜しみなく自分に時間とお金を投資できますよね。自分に時間とお金をかける価値はない…だから私なんかでも雇ってくれる組織で働きます、というパターンは雇われ人あるあるでしょう。その思考パターンから抜け出さないと、いつまでも雇われて組織の枠に自分をはめていくような人生が続いていきます。あるビジョンがあって、その過程の中で組織で働いて現場で学ぶとか人とのつながりを作っておく、という考えはとても良いと思うのですが、自分の人生と向き合うこともなくただ漠然と雇われる日々を過ごしてしまうのは非常にもったいないと感じます。

旧態依然の組織が崩壊していく流れはこれから明白であり、であればやっぱりこれからは「手に職」「オリジナリティ」「新しい価値」といったキーワードが重要となってきそうです。誰もやりたがらない仕事は淘汰される「人間にしかできないこと」の価値は高まるの記事にも書いたとおり、今雇われている人がやっているような仕事はAIに取って代わられる可能性も高いですので、とにかく自分自身の価値を高めていくことに注力するのが賢明かと思います。そしてそのためにはどうしても先に自己投資が必要で、惜しみなく自己投資するためにも、自信、自己価値感を高めることはとても大切だということです。瞑想、内観、フラワーエッセンス、カウンセリングなど、私が学び実践してきたことは、自信や自己価値感を高めるのに大きく貢献してくれていると感じています。

私自身、あらゆる分野において、まだ手に職と言えるほどの完成度の技術や能力に至っていないと感じる部分もありますが、日々の積み重ねにより少しずつ自信が高まってきていると思います。根本的な意識の変容+実際の行動・作業によってしか自信が高まる道はありませんからね。ある程度の期間は集中的に学び、そしていつも通りコツコツ文章を書き続け、毎日地道に価値を高めていくことの大切さを改めて認識しました。

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