雨は僕の。

 古いアパートの一室。色の褪せた畳の上で、僕は一人、短パンとTシャツといった格好で、昼の十二時というある種目処のたった時間を過ごしていた。趣味の物書きをしていた僕は、漂白剤の匂いが漂ってきそうなほどに白い画面の上でパラパラと羅列されたコンピュータの無機質な文字を、梅雨特有の重い湿り気をもった薄暗い部屋の中で読んでいた。
 そうしていたとき、鼻腔にすこし懐かしい匂いを感じたのだ。
 この匂いは……。と考えていた。すこし考えたあと、ピリッと脳裏に浮かんだ。あぁ、これは幼い頃に、物音のしない静かでたった一人、実家の居間にいた時に感じた匂いだ。耳を澄ませて初めて聞こえるシトシトという、雨がアスファルトを濡らす音。その雨は大粒でも大雨でもない、誰かに気を使ったような、遠慮がちで奥ゆかしくて、恥ずかしがり屋の雨だった。たった一人で暗いところにいた僕にそっと寄り添ってくれたんだろう。

 そんな雨が何十年も経った今、再び僕の前にこっそりと遠慮がちに現れたのだ。昔も今も、僕は一人ぼっちだ。雨が友達だ。君が良ければ、しばらくここにいてくれないか?

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