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「思ったことをそのまま言える時間」の大切さと、その弊害について思うこと


ある政治家の不祥事をニュースで知って、朝井リョウさんの『どうしても生きてる』(幻冬舎)がすごく良かったことを思い出した。

いわゆる「短編集」なんだけど、その中の『そんなの痛いに決まってる』という話を読めば、件の政治家に対する見方も変わるんじゃないかな。


ざっくりあらすじを。

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30代の主人公・良太は、ある日、尊敬していた前職の上司のSM動画が流出したことを知る。その動画には、全裸の上司・吉川が半裸の女性に痛めつけられるたびに、大きな声をあげる様子が映されていた。かつての同僚たちは、その様子を見て笑っていた。

転職後に業績が悪化した会社。人間性の低い上司。自分とは対照的に輝き始めた妻。そんな妻と収入が逆転し、スキル面でも引け目を感じるようになったこと。それが原因で妻に性器が反応しなくなったこと。自分の性癖を全て受け入れてくれる上に、仕事でも収入でも絶対に自分を脅かさない年上の女性をセフレにしたこと。

そんな状況だった良太には、かつて「大丈夫」と言いながら何事も解決してきた吉川の気持ちが理解できた。見込みのないサービスを成功に導かなければならないこと、子や妻や親をケアし続けなければならないこと、家族のために収入を減らすわけにはいかないこと、それらが全て限界でも進み続けるしかないこと。本当は痛くて仕方ないと、思ったことを思ったように、大きな声で叫びたかったこと。

良太は気づく。吉川は、痛いことが気持ちいいわけではない。痛い時、素直に痛いと大きな声で言えることが気持ちいいのだと。痛い時に痛いと、限界の時にもう限界だと、もう無理だと大きな声で言っても驚かない相手が一人でもいる空間にいたかったのだと。

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例の政治家が吉川と同じような境遇だったかどうかはわからない。
ただ、吉川が話した言葉がすごく印象的だった。


”「人間には多分」吉川は、日本酒を一口飲む。「誰にとっても誰でもない存在として、思ったことをそのまま言える時間が、必要なんだろうね」”(p.215)


うん、絶対に必要だと思う。

特に、オープンであるがゆえに余計なものまで目に入ってしまう、SNS全盛の今だからこそ。

新種のウイルスで、3ヶ月前にあった日常が様変わりしてしまった今だからこそ。

例の政治家も、例の政治家が所属していた政党も支持しているわけではないけど、もしかしたら、彼にとっての「思ったことをそのまま言える時間」と相手が、歌舞伎町の風俗嬢だったんじゃないかなと。そんなことを思ったり。

だから、政治家の名前がSNSでトレンド入りした様子を見て、多くの人が強い言葉で批判や罵倒を繰り返している様子を見て、正直辟易してしまったのが本音のところだった。

在るべき姿ではなかったことは、確かだと思う。
でも、そんなに、自分の内から出るトップクラスの汚い言葉と共に責め立てるほど、自分自身は立派に生きているのだろうか。

トレンド入りしている言葉をクリックして、大多数の反応を確認してから同調するように反応し、批判し、自分を正当化するリツイートを繰り返し、また批判し、正義を振りかざし、その言葉や情報が正しいものではなかった時には、謝罪するわけでもなく、そっとリツイートボタンを押し直すことでタイムラインを綺麗にする。

トレンドをクリックして、上位に出てくるツイートとそのアカウント主のタイムラインを辿ると、そんな現象を目にすることが多い。そして自分も、そんなユーザーが多いSNSの一部であることに気づくと、途端にTwitterをやめたくなった。

でも、同時に、その人たちにとってSNSは、「思ったことをそのまま言える時間」であり、場所なんだということにも気づいた。そしてもちろん、自分も例外ではない。自分の投稿が、誰かにとって害となっていることも往々にしてある。だから本当は、その人たちを批判する権利もないんだと思う。同類なんだと思う。

「思ったことをそのまま言える時間」の効力も、その時間が他の誰かにとって害になる可能性を孕んでいるという「時間の弊害」も、この3ヶ月で実感するスピードが格段に上がった。

だから数日間Twitterを離れたけど、直接関わりのある方々から何かをされたわけでもないので、しばらくは一定の距離感を保ちつつ続けることにした。

そのかわり、しばらく鍵をかけることで、自分の言葉が見知らぬ誰かにとっての弊害にならないように。影響力はなくとも、悪意なき誤解を生む言葉に出会ってしまわないように。少しだけ隔たりを作ってみたりした(それだけが理由ではないけど)。

「思ったことをそのまま言える時間」はやっぱり大切で、それができなくなったり、結果として別の時間になってしまうようであれば、時間を変えたり、場所を変えたりしながら生きていく。

そんな姿勢がちょうど良い時代になったと思う。

気まぐれだから、そのうち鍵も外して、また好き勝手につぶやくのだろうけど。

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