現代詩「夜汽車が/枇杷、海岸道路から」

「夜汽車が」

僕の鼻の穴から
夜汽車がやってきた
ま黒い夜汽車は
前照灯を光らせて
汽笛を鳴らす

僕は慌てて鼻を抑える
鼻を抑えると
今度は反対側から夜汽車が出てくる

軌道を走る鉄輪が
陰鬱の金属音を立てて
周囲はその間 無音となった

夜汽車の
四角い窓ガラスが光っている
其処に乗客の後頭部が並ぶ
後頭部(帽子)
後頭部(禿頭)
後頭部(長髪)
老若男女の
すべからく
猫背に俯いて無言である

押し黙った群衆の姿は
奇態の光景であった

そして
ふと気が付けば
僕は夜汽車の乗客である

隣に座っている奴は
顔が無い
顔が無いのに項垂れて
鼾をかいている
なんだ夜汽車と言うものは
おかしな奴が乗っているなあ

だが僕だって
本当は顔がないかもしれないよ
そう思うと僕は
半ば安堵した心持ちになって
目を瞑った

おっとあぶない気を抜くと
鼻から夜汽車が出ている
慌てて鼻を抑えると
また反対側から夜汽車が

「枇杷、海岸道路から」

海岸道路の
線路沿いに並んだ枇杷の木の
実の一つずつが
ま白い果実袋に覆われている
夜陰に浮かんだ包み紙が
まるで臨終の顔隠しに見える

初夏の夜はいかがわしい
吹いているのは偽物の風
ま白い顔隠しが
無音の葉擦れに揺れている

無音である

カーラジオも
五月の猫も
隣の幽霊も
口を利かない

海岸道路から眺める海は
大きくぬた打つ
黒蛇に似ている

夜は
巨人に似ている

通り過ぎた夜汽車は
死者で満ちている
東海道本線東京行き最終列車は
トンネルに吸い込まれて消える

風が吹いて
真夜中に枇杷が揺れている
枇杷が
揺れている

(現代詩「夜汽車が/枇杷、海岸道路から」村崎カイロ)

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