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現代詩「春の海とシーグラス」

春の海辺を歩いて
シーグラスを拾った

まるで海が閉じ込められたような
色をしていた

此れは良いものを見つけたと
僕は早速其れを拾って
海にかざした

波に濡れたガラス石は
海の幾歳を身に帯びて
神秘的であった

僕は子供のように嬉しくなってしまったが

掌の中で其れは
みるみる乾いて艶を失くした

北洋の白夜の中で
女の子の孤独が青い魚になって
魚は世界を旅したが
遠い異国で力尽き
海の色をした石となり

僕は其れを拾ったけれど
掌から石の帯びた魔法が
こぼれ落ちていくかのようだ

僕は海洋の神秘を繋ぎ止められないことに
悲しくなって
目を伏すと
其処此処に同じようなシーグラスが
落ちている

つまるところ

僕はこのシーグラスが
遠い海から流れ着いたガラス玉なのだと
思っていたが
どうやら此れは此の浜で
誰かの捨てたガラス瓶が
波打ち際で摩耗された
土着の品らしい

地元の瓶と地元の波
地元の誰かの生活痕

なんだ
と思ってシーグラスを
よく見れば

掌の中で
なんと
其れは確かに
故郷

掌に故郷の海がある

其れは
幼き日の孤独
在りし日の不条理
幾歳変わらぬ春の海

そして
それから

家に帰ってきた僕の机の上には
持ち帰ったばかりの
春の海が
一つ

(現代詩「春の海とシーグラス」村崎カイロ)