現代詩「唇とエロイーズ」

人々が唇という器官を隠すようになって久しい
誰彼、性器の如く唇を隠すので
唇は淫猥の具となってしまった
街角のリストランテは混浴の公衆浴場のようなもので、男たちは女の唇が開いたり閉じたり、チーズを頬張るのを盗み見るのだ
なんと卑猥な世の中になってしまったのだろう

女達があられもなく唇を開いている
唇を開いて花の詞を囁いている
とんだ変態だ
倒錯だ
もはや性行為だ
世の正道を律するためには到底マスクでは足りぬ
マスク越しに唇が透けたらどうする
破廉恥漢め
露出狂め
淑女はマスクの下にランジェリーが必要だ
慎み深く薄布で秘部を隠すのだ
エロイーズ
唇で愛を囁いてはいけない
薄布に透けた小さな隆起
蠢動する口輪筋
漏れ出る吐息

エロイーズ
唇で愛を囁いてはいけない
露になった唇は
夜に
リグリアのワインを飲むため


(現代詩「唇とエロイーズ」村崎カイロ)

#小説 #現代詩 #詩人 #唇フェチ

マスクがスタンダードな装いになり、唇を隠す事が常態化すると新たな性の扉(fetishism)が開かれてしまうのではないかと危惧する話。回教徒の女性が顔を隠すのは隠すことで露わにした時の昂奮を高めるため、と本で読んだ。それに似ている。誰かが其れ(fetish)に気付いた時にはその欲望が模倣され伝播し性の市民権を得るに至る。fetishは感染する。ああ、困った。

後日談。
上述の通りにこの国の将来を憂いていたら、最近暑くなったのでマスクはしなくても良くなったらしい。門戸開放には春が足りなかった。
ちなみに本詩中、エロイーズはエロイーを名詞化した言葉で(エロい人、エロい人たち)を表しております。