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絵のない絵本「スノウマン」

スノウマンは一人で山奥に住んでいる。小さな畑を持ち、野菜を育てている。
彼の所に訪れる者は萬(よろづ)屋のゴードンしかいない。
ゴードンは月に一回スノウマンにパンと町の四方山話を届ける。
スノウマンはゴードンから聞く町の話が好きだった。
町ではアン・メアリが結婚したとか、その相手が隣町の若者でパン屋の息子は失恋したとか。洋服屋のアンダーソンの猫が子猫を産んで、学校の飼育舎で子どもたちが世話をしているとか。他愛のない話ばかりであったが、スノウマンは愉しくそれを聞いていた。

ある日ゴードンは言った。

町ではみんな元気にやっているよ。大きなお祭りが始まるんだ。毎晩花火が上がるんだよ。
王様の軍隊が飛行機をたくさん飛ばしてフライトショーもやるんだ。
子どもたちは飛行機に向かって風船を飛ばすんだよ。

お祭りがあんまり大きいので学校もしばらく休みになるんだ、とゴードンは言った。

スノウマンは子どもたちがお祭りでビスケットを買い食いしたり、風船を飛ばしたり、シャボン玉を吹いたりすることを想像しながらとても楽しい気分になった。

ある日ゴードンは言った。
俺もお祭りに参加することになって暫く準備をしないといけないんだ。
この日ゴードンは沢山のパンを持ってきた。
乾燥して長い間取っておけるパンもあった。
本当に沢山のパンだった。いつも配達する分の四回分も五回分もあった。

しばらく来れないかもしれないからね。
ゴードンは言った。
ゴードンは他にも瓶詰めやチーズを置いていった。

そして。
しばらくゴードンは来なかった。
お祭りは盛大に行われているのだろう。
夏が終わり秋になった。
やはりゴードンは来なかった。

この頃には王様の飛行機が沢山空を飛ぶようになった。灰色の雲に黒い機体が列をなして飛んでいった。
大きな飛行機と小さな飛行機が隊列を組んで遥かな上空をゆっくりと西に向かった。

一度、スノウマンは飛行機の編隊に向かって風船を飛ばした。飛行機からは何も反応がなかった。
スノウマンは下から手を振ったが、やはり飛行機からは何も反応がなかった。

冬となった。
スノウマンは冬になると雪を降らせる仕事をしている。雪を降らせるための準備を忙しく始めなければならなかった。
ゴードンから貰った食材が無くなりそうだったので、町に行って自分で食材を買ってこなければならなかったが、町から大荷物を抱えて山奥に帰るのは億劫だったので止めた。

冬が深くなって年越しの夜になった。
いつも町では年越しの祭事をしている。子どもたちはランタンを持って列をなし、家々を回る。大人たちは夜更けまで火鉢を囲んで談笑する。
そんな人々を見ながらスノウマンは雪を降らせる。時に町の人たちとお話をすることもある。暖炉に当たらせて貰う事もあった。年越しの夜は町の一年の暮らしの中で一番温かで、楽しい日であった。

スノウマンは仕事道具を抱えて町に下りて来た。
目を疑うような光景が其処にあった。町は所々焼けて、煙が燻っていた。スノウマンが愛したパン屋も焼けて崩れていた。アン・メアリの新居も玄関に戸板が打たれて封鎖されていた。花屋も洋服屋もなくなっていた。
子どもたちの姿はどこにもなかった。
美しかった人々の衣装は灰色の服ばかりになっていた。

戦争が起こって町が焼かれたのだ。

人々はバラックで身を寄せ合って暮らしていた。
また空を黒い飛行機の編隊が飛んでいった。
あの飛行機もまたどこかの町を焼き払うのだ。子どもたちが暮らす遠くの町には爆撃機が来ないと良いが。
老人が言った。

ゴードンの店に粗末な十字架が組まれていた。ゴードンは先月、戦争で死んだ。爆弾で吹き飛んで、町には彼の小指だけが帰ってきた。

スノウマンは山奥に帰った。
その年、大晦日を迎えた町に雪は降らなかった。
その代わり遠くの戦場では沢山の雪が降って、その日は一日だけ交戦が止まった。
戦場の兵士たちは思いがけず起こった一日だけの停戦に、新年を祝い、それから皆が故郷を思った。

以来、その町では雪が降らないし、スノウマンはもういない。

(絵のない絵本「スノウマン」村崎懐炉)
初出2017年12月13日
補筆2019年11月12日(眠れぬ夜の奇妙なアンソロジー「雪だるま」提出作品)

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