二度目のヘアドネーションをした話

 最近めっきり寒くなってきた。もう冬至も過ぎたので当たり前の話であるが、そうなってくるとふと、今のうちに髪の毛を切ろうかなぁという考えが頭に浮かぶ。
 髪の毛を長く伸ばす習慣のない方には一体何を言っているのだと思われるかもしれないが、私は大体髪の毛をばっさりと短くするのなら冬の時期と決めている。もちろん髪の毛を短くすると首元が寒くなる。しかしそれよりも、髪の毛が短く、結ぶことのできない状態で迎える夏は、とても暑い。来る夏に備えて、髪の毛を結べる長さにしておくために、私は冬に髪の毛を切るのだ。

 髪の毛を切る、という行為に関して、私には特段思うところはない。伸びたら邪魔になる、短くするとさっぱりする、その程度のことである。ただ、切りに行くのが面倒だとも思うので、かなり長くなるまで放置してしまうことが多い。長い髪を括るのは嫌いではないが、実は短髪の自分の姿の方が好きなのだと友人に話したらびっくりされた。その驚きももっともだとは思うが、私には自分の見た目に気を遣う以上に、美容院に行くという行動を起こすのが面倒なのだ。

 だから、そういう意味では一念発起ではあった。もう5年も前になる、私が初めてのヘアドネーションをしたあの行動は。

 ことの始まりは、髪の毛をバッサリ切った5年前の日から、更に1年ほど前に遡る。
 その時も冬であった。事情あり長く伸ばしていた髪の毛を邪魔に思い始めていた私は、その日ようやく重い腰を上げて、次の日に美容院に行く予約を入れていたところであった。
 もう髪が長い必要もなくなったタイミングであり、冬という時期でもあった。次の日の予定を立てながら、私はまたバッサリとショートカットにしてしまおうと考えていた。
 しかし、その時である。何気なくつけていたテレビから、ヘアドネーションの特集が流れ出したのは。まさに髪の毛を切ろうと思っていたところでもあり、私の興味はテレビに向いた。
 曰く、病気の治療のため、薬の副作用などで髪の毛が抜けてしまった子供たちに、医療用のウィッグを作っている団体がいるとのこと。そしてその材料は本物の人間の髪の毛が最も適しており、一般の方々からの寄付で成り立っているようだった。

 それを見た私の脳裏に、美容院で髪の毛を切るたびに言われる言葉が浮かんだ。「この店の一週間分くらいの量の髪の毛だねー」と。
 私の髪の毛はとにかく、量が多い。本当に鬱陶しくなるまで切りに行かない私にも問題があるのだが、毎度毎度おびただしい量の髪の毛が床に散ることとなり、人一人死んだかのようなこの大量の髪の毛を何かしら有効活用できないものだろうかと思ったことも幾度もあった。
 そしてまた、私の髪は恐ろしく強くしっかりしている。私自身よりも髪の毛の方が元気、とはよく言う冗談だが、あながち嘘でもない。この髪ならばきっと、良い材料になるだろうなと、そう思った。

 番組によると、寄付は30cm以上の長さから受け付けているとのこと。それを聞いてその場で測ってみた私の髪の毛は、切ることができる部分の長さで25cm程であった。ううむ、少し足りない。しかし5cm程度ならまぁ、数か月我慢すれば伸びるだろう。そう思い、その時私は急遽予定を変更し、次の日の美容院では毛先を揃える程度にし、髪の長さが30cmを超える日をしばらく待つことを決意した。

 結局、そこから目標の長さになるまでに、1年近くかかった。最後には、30cmを切り落としてもぎりぎりショートカットになる、程度の長さになった時に、耐えられなくなって美容院を予約した。30cm超えの髪の毛を頭に乗せて生活するのは意外と重い。

 バッサリと髪の毛を刈り取った時のことは、覚えていると言えば覚えているし、まァこんなモンかという感覚である。切り落とした髪の毛が散らばらないよう、いくつかの束に括ってから根本を切り落とすのだが、私の剛毛に美容師さんのはさみが立ち向かった時、ゴリゴリとのこぎりを引くような音が頭に響いたのが印象的であった。
 当時は私も初めての経験であったし、ヘアドネーションをよく知っている美容師さんにやって欲しいという気持ちもあり、わざわざヘアドネーションのプロジェクトに参加している美容院を調べて予約した。初めて行くお店であったが、たまたまやっていただいた美容師さんの腕が良かったのか、その時作っていただいた髪型が大変良かったことも覚えている。美容師さんは箒みたいな私の髪の束を慣れた手つきで運んで、「ちゃんと送っておきますからね~」と言った。

 そんなわけで、一年越しの私の散髪プロジェクトはあっさりと終わったが、その後の反響が大きかった。
 次の日職場に行くと、会う人会う人みんなに二度見された。私としてはほんの30cm髪の毛を切り落としただけなのに、という感覚であるが、周囲からするとそうもいかないらしい。
 どうやら大抵の人は「何か嫌なことがあった」という方向に連想するらしく、気を遣って何も聞いてこない人が多かった。その話題が出ているわけでもないのに私の方から突然説明をし始めるわけにもいかず、不躾に(私にとってはありがたいことに)「髪の毛切ったね!?」と聞いて来る方々に対してヘアドネーションというものの説明をして、その人たちから「あの人は髪の毛を寄付したらしい」という噂が広まるまでしばらくの間、好奇の目に晒された。
 なんだか居心地の悪い期間でもあったが、私には「髪の毛をたくさん切りたい、そうすると健康な髪の毛が捨てられるのがもったいないので、有効活用してもらおうと思った」という確固たる理由があったので、あまり気にしないことにしていた。周りの反応はどうだって良いし、単純にショートの自分の姿が気にいっていたので機嫌も良かった。

 そんな周囲のお祭り状態もじきに落ち着き、しばらくすると私の髪の毛もまた伸び始める。

 私が二度目のヘアドネーションをしたのは2年程前のことである。
 別にもう一度寄付しようと思って伸ばしていたわけではなかった。切るのをさぼっているうちにだんだん長くなってきて、またちょっと有効活用して欲しくなった、そんな自分本位の理由であった。
 その頃には、一度目の頃よりもヘアドネーションというものがもっとメジャーになっていて、寄付する団体によっては30cm以上でなくても受け付けてくれるようになっていたり、私が普段からお世話になっている美容院の美容師さんも、お願いしたらすぐに趣旨を理解して対応してくれたりと、一度目よりも更にまァこんなモンか、な刈り取りであった。

 そして個人的に面白かったのは、周囲の反応の3年前との違いであった。
 一度目の時は、男女によらず、「ヘアドネーションっていうのをやったんですけど、ご存じですか?」と訊くと、知っていると答えた人はほぼいなかった。しかし、二度目たる2年前は、大抵の人が「聞いたことある」、女性では「私もやったことある」という反応もあり、中には短くなった私の髪を見て「あっ、また寄付したの?」とすぐに言ってくる人もいたのである。たかだか3年で、ずいぶんと状況が変わったものだと感心もしたし、最後の反応については、図らずも私がその知名度の向上に一役買ったようだと思い、なんとなく嬉しくもあった。

 こう言うとなんだか嫌な感覚を覚える方もいるかもしれないが、私には正直、善行のつもりはないのである。もちろん悪行とは思っていないが、私のもったいない精神がどこかで誰かの役に立ってるならそれで良いし、なんだかお得だなという、そんな軽い気持ちでしかなかった。そして、世の中、そんな感じで良い具合に回っていけば良いのになぁとぼんやり思うのである。私も誰かも得るものがある、一石二鳥でなんだかお得、それだけでも結構嬉しい。

 二度目のヘアドネーションから2年程が経過して、私の髪の毛はまた、そこそこの長さになってきている。
 最近では、職場で多くの人に声を掛けられる。「髪伸びたね、また寄付するの?」と。
 「なんだかもったいなくなってきたからまたやろうかなぁともちょっと思っています」と笑って答えながら、もしもう一度やったとしても、今度は初めての時のように居心地の悪い思いはしなくて済みそうだなと、過去の自分をちょっとだけ褒めてやりたい気持ちにもなっている。

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