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山崎豊子氏の「白い巨塔」全5巻レビュー「原作の面白さとは法廷闘争の面白さ,判決に至る裁判官の心証の変化の面白さであってお涙頂戴の浪花節如きの立ち入る隙などないのだ。」

田宮二郎が財前五郎を演じるTV版の「白い巨塔」を観た切りで
僕は唐沢寿明版は観ていない…が家人が外科手術に臨んだとき
術中に何でも好きな音楽をかけていいと医師から言われ
家人は脊髄反射で
「アメイジング・グレイスを!」
と叫ぶと医師も看護師も「観てますねえ」と苦笑されていたから
現役の医療関係者にも人気があったのだろう。

今になって原作小説を読みたいと思ったのは
「読みたくなったから」
としか言い様がない。

原作の「白い巨塔」は大きく3つに分けることが出来る。
1.極めて優秀な外科医だが傲岸不遜な男・財前五郎助教授が
教授の椅子を目指し激しい政治闘争を演じ,見事教授の座を勝ち取る
「教授選挙戦」編。(第1巻から第2巻中盤まで。)
2.今や教授となった財前が胃の噴門癌の手術を行った際,
肺への転移に気が付かず,結果患者を死に至らしめ,遺族から告訴される
「法廷闘争」編。(第2巻中盤から3巻まで)
3.続・白い巨塔(詳細は後述)(第4巻から第5巻(最終巻)まで)

これはネタバレなのだが「法廷闘争」編で遺族側は敗訴し,
遺族側の証人として立った内科の里見助教授は
医学者生命を断たれたも同然の左遷の辞令を不服として
進退伺を提出して「白い巨塔」(=大病院)を去って終わる。

山崎豊子氏の創作意図としては,
この時点で「白い巨塔」は「終わり」であって
「苦く不条理な結末」こそ本作の「結末」であるとした。

「作家としては既に完結した小説の続きを書くことは
考えられないことであった(山崎)」

だが読者からの反応は違ったと言う。

「小説と言えども社会的反響を考えて
作者はもっと社会的責任をもった結末にすべきであった」と。

「生々しく強い読者の方々の声に直面して社会的素材を扱った場合の
作家の社会的な責任と小説的生命の在り方について
深く考えさせられた(山崎)」

こうして「白い巨塔」の完結から1年半後,
「続・白い巨塔」の執筆が開始されたのである。

「続・白い巨塔」は現在「白い巨塔」全5巻の
第4巻及び第5巻に相当し
2審の模様と(教授選を遥かにスケールアップさせた)
学術会議選挙戦の模様とが並行して描かれている。

「法廷闘争」編に於いて主人が財前とか言う医者の「誤診」で
死んでからというもの商売が左前になって債権者が押し掛ける苦境に
耐えながら弁護士料を工面する未亡人と3人の子供が「健気」に描かれ,
病院内での立場が悪くなる事を承知の上で
証言台に立つ里見が「清冽」に描かれ,
教授になってから益々傲岸不遜に描かれる財前が
子飼いの助手に偽証を強要するとあっては
「遺族側の敗訴」で「白い巨塔」が「終わる」事など
受け入れられる訳がない。

勿論山崎氏は敗訴に至る論理を完璧に構築して臨んだのであって,
一度結審した裁判を覆す新たな理屈を再構築する事は

「小指の先ほどの可能性を求めるに等しかった(山崎)」という。

僕がひとつだけ申し上げておきたいのは
僕が考える「白い巨塔」の「面白さ」とは「法廷闘争の面白さ」なのだ。

田宮二郎版では「判決」を「勝ち負け」のみで論じ「勝ちに至った理由」や「負けに至った理由」…即ち裁判官の「判決理由」が
バッサリカットされていてその「面白さ」を台無しにしてるのだ。

一審と二審の裁判官の判決理由を比べると
遺族側の弁護士が証人として呼んだ医師の証言が
裁判官に医学知識を与えた結果,
財前側の
「患者が死んだのは如何なる名医が看たとしも不可抗力だった」
という主張が
「ある時点で適切な医療を加えておれば
少なくとも患者の半年の延命を期待出来た」
「その延命の機会を永遠に失ったのは
癌の専門医としての杜撰さが招いたものである」
と裁判官の心証を変えて行く模様がダイナミックに描かれ,
何でこの箇所を割愛するんだよと憤った次第である。

大衆が
「なんでもいいから財前が負けるところが見たい」
と期待してる事を山崎氏は百も承知で
「なんでもいいわきゃねえェェェだろうがああああ」と
被害者側の弁護士が「小指の先程の可能性」を追究して
「勝ちに至る論理」を積み上げて行く模様は
作家と読者の「目指す所」の違いを感じさせるのである。
読者はお涙頂戴の浪花節を期待してるだろうが
作家は話の面白さで唸らせたいのだ。

僕は原作原理主義者でいいよ。
原作付き映像作品は
原作原理主義者に叩かれる事が確定してる気の毒さはあるが
同情する気なんぞサラッサラないね。
だって原作の方が100万倍面白れえんだもの。
エンターテインメントは常に面白い方が「正しい」のだ。

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