見出し画像

遊牧とは

 遊牧とは、テレビなどでよくある大草原に羊が群がって、ゲルが建って、牧民が馬に乗ってという童話のような世界でもなければ、自由気ままに行きたいところに行くという暮らしでもない。更に、一時流行ったノマドという新しいワークスタイルとも根本的に違う。

 モンゴルは四季がはっきりしており、中でも夏は短くて、寒い冬の時期が圧倒的に長い。このような環境の中で年中家畜の世話をしながら遊牧するには忍耐力が必要とされる。また、草原の牧畜は人手がいるので、子供から年寄りまで勤勉に働く必要がある。確かに、遊牧は移動するため行く場所の選択肢はあるが、その中できちんとした規律や規則がある。それは、下手な場所の選定をすると大雪などの災害時に破滅的なダメージを受け、一気に全財産を失う恐れもあるからである。

 そして、本来の遊牧では生活に必要な全ての資源を家畜から調達するので、限りがあるモノの中で生活を維持するのには創意工夫が求められる。また、綺麗に見える草原も実はとても脆弱で、過度に利用するとすぐに破壊されてしまうので、遊牧民には自然を理解できる感性が必須である。そのようなことから、土を掘り起こす必要がない牧畜は、モンゴル高原の自然環境に適しているのである。もっとも重要なのは、遊牧は移動性においてノマドと変わりがないが、移動する場所を責任もって管理し、その土地に深い感情があることが移動性を強調するノマドと本質的に違うのである。

 遊牧生活は容易ではない。しかし、遊牧世界には現代社会に存在しない一つの循環システムがある。遊牧は星や天体のように動き、土地に負担をかけ過ぎずに自然の流れにそってゆく。衣食住のほとんどが家畜から来るので、自然から採取もしなければ、廃棄物もほとんど出さない。ゲルの中に入ると、その組み立ての仕組みが宇宙の型と良く似ていることがわかる。広い視点から見ると、遊牧は自然との共存を柱に、宇宙の法則を生活に反映させていることがわかる。

 このような生活は、人の身体、心、意識に与える影響も計り知れないほど大きいのである。四季の中で遊牧民は常に新しい場所に身をおき、大自然の生き生きとした気を身体に取り入れる。労働生活の需要からも、遊牧民は年中身体を動かし、良い自然環境の中で身体を鍛えている。衣食住は家畜から賄うので、資材、食材も天然なものであるため、日常生活はいつでも自然に近い状態である。何よりも、遊牧民は自然と土地と家畜と愛で繋がり、敬意を払っている。その愛と敬意から様々な儀礼や祭祀が生まれているのだ。まとめるのであれば、遊牧とは、遊牧生活スタイルを通じて宇宙、自然、人を結びつけ、融合させた叡智である。

 この遊牧スタイルを支えているのは、
「テンゲリズム」と「シャーマニズム」である。
テンゲリズムとは、
正しい生き方をありのまま理解し、生活に実践する叡智である。
ジャーマニズムとは、
その叡智をダウンロードする技術である。

 そして、その叡智をモンゴルの生活の中だけではなく、組織、国家、国際社会まで運用し広げたのがチンギスハンの率いた大モンゴルである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?