臨床遺伝専門医の社会的責務

これはわたしが人類遺伝学のトレーニングを受けていたころ(1992年くらい),故大倉興司先生になんどか言われたことです.世間一般のひとたちは遺伝のことをまだ正しく理解しておらず,多くの遺伝カウンセリングのニーズが潜在していながら,どこでそれを相談したらいいかわからない,また専門家はそれをうまくすくいとることができないため,苦しんでいるひとがたくさんいるんだということでした.

だから臨床遺伝専門医は病院のなかに閉じこもらず,広く社会にたいしてもさまざまな働きかけをおこない,そういった苦しんでいるひとたちを支えていく社会的責務があります.これがほかの「専門医」とはちがう点であり,遺伝専門医の資格は単なる嫁入り道具ではないということです.

そのころは自治体が窓口になって,保健所の「市民健康相談」のなかに「遺伝相談」の場もつくられていました.保健師は地域住民のニーズをもっとも敏感にとらえることのできる立場にあって,こういったニーズを適正な遺伝相談のルートにのせることができます.だからこその行政との連携になります.

個人の「臨床遺伝専門医」も病院の「NIPT認証」も単なるお飾りなどではなく,一度それを得たら重要な社会的責任が発生いたします.2013年にNIPTがはじまったとき,全国で15施設が認定を受けましたが,「コンソーシアム」のメンバーだった遺伝専門医はそういった社会的責任をよく理解していました.クライエントを自施設に限ることなく,その地域でNIPTを必要とするひと,希望するひとに広く対応いたしました.あれから10年間,当院もふくめ地域のニーズにたいし責任をもって対応してきたつもりでしたが,正直言ってその負担は軽いものではありませんでした.

NIPTについてあたらしく認証をとる施設にたいして,われわれは助力と応援は惜しみませんが,検査は院内の妊婦にかぎるとか,診療に影響しないようなるべくやらないという基本姿勢をとるところもすくなくありません.しかし先に述べたように臨床遺伝専門医には社会に対する責任があります.

NIPTは診療のおかざりでもなく,病院に箔をつけるものでもなく,単なる個人的な興味の対象でもありません.世の中の困ったり苦しんでいる妊婦さん,クライエントのためのものですから,ひろく社会のニーズに対応していただけるよう,よろしくお願い申し上げます.

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